2009年11月16日

熊本 熊本 熊本城

【熊本城】日本三名城の一つに数えられる熊本城は、天正16年(1588)、肥後領主加藤清正によって築かれた。武者返しと呼ばれる美しい曲線を描く石垣で有名。本丸広場からみた天守閣の優美な姿。
【復元予想図】大小天守は明治10年(1877)の西南戦争で焼失したものを昭和35年に再建したもの。焼失をまぬがれた宇土櫓など12の建造物は昔時のままで国の重要文化財に指定されている。
【駐車場】二の丸駐車場に止め西出丸より入城する。国指定重要文化財の宇土櫓、熊本市内の展望が楽しめる天守閣、本丸御殿など熊本城を代表する建造物を見学する。
【西出丸長塀と空堀】西出丸の建物は平成14年に南大手門、平成15年に戌亥櫓、未申櫓、元太鼓門、奉行丸の塀の復元が完成した。
【西大手門】西大手門をくぐり西出丸に入る。熊本城は西・南・北の3つの大手門を持ち、その中で西大手門は最も格式の高い門とされる。北大手門はまだ復元されていない。
【南大手門】西大手門をくぐると目の前に頬当御門、天守閣、宇土櫓が見えてくる。途中、右手には南大手門があるが天守閣に行くのには特に通る必要はない。
【頬当御門】西出丸から見る頬当(ほほあて)御門。2本の門柱の上に貫を渡した冠木門(かぶきもん)という形式で、昭和35年(1960)に再建された。天守閣へ向かう正面入口でここで入城料(500円)を払う。入口で申し込むと無料で熊本城を案内してくれる。中央に見えるのは宇土櫓の付け櫓、左は宇土櫓。
【天守閣】宇土櫓のある平左衛門丸から見る大小天守。大天守は3層6階で地下1階、高さ約30m。2層の千鳥破風の上に唐破風を備え外壁は各階の軒下に白壁を配した以外は黒の下見板で囲われ、品格ある重厚な趣きを漂わせている。小天守は2層4階で高さは約19m。
【クスノキ】熊本城には大きなクスノキがたくさんある。頬当御門付近の樹齢600年、高さ27m、幹囲6.85mの大クスノキ。飯田丸五階櫓には樹齢800年の熊本城最大のクスノキがある。
【井戸】加藤清正は文禄・慶長の役のとき明・朝鮮連合軍を相手に苦しい籠城戦を体験した。その経験から籠城の備えを万全にするため城内に120以上の井戸掘ったという。この井戸は深さ36mある。
【桝形通路・闇り御門】直角の桝形の通路を曲がると闇り(くらがり)通路の入口、闇り御門がある。闇り通路をでると大小天守閣、本丸御殿のある本丸広場にでる。
【闇り通路】本丸御殿は2つの石垣を跨ぐように建てられたため地下通路がある。御殿への正式な入口であり闇り通路と呼ばれている。このような地下通路を持つ御殿建築は全国にもあまり例がない。
【本丸広場より天守閣を望む】闇り通路突き当りを左に曲がると本丸広場にでる。本丸の最高所、標高50mの茶臼山の頂上に天守閣は位置する。小天守脇の坂道を登っていくと天守閣入口がある。
【天守閣入口】天守閣内は熊本博物館分館になっていて、1Fは加藤清正資料や熊本城と城下町の絵図・模型、2Fは細川氏関係資料、3Fは西南戦争関係資料を展示している。
【暗門燈籠】闇り通路に吊るされていた燈籠。昼夜百匁(400g)のローソクを灯していたそうだ。
【天守閣の鯱】鯱が展示されている。左は大天守用で高さ155cm、右は小天守用で高さ130cm。
【天守閣の階段】城内は右側通行、上り階段と下り階段が区分されている。
【最上階展望台】展望台からは東西南北の景色が一望できる。手摺があるだけなので見通しは抜群。
【大天守より宇土櫓(西)を望む】真ん中に頬当御門、右に宇土櫓が見える。その先右に塀で囲まれた西出丸、左に奉行丸がある。後方の山の間に広がってるのは二の丸広場。西側は前方に山がそして山の手前に市街地が広がり、都市と自然が調和した綺麗な街並みが望める。
【大天守より本丸広場(東)を望む】本丸広場正面の建物は売店で絶好の天守閣撮影ポイント、修学旅行の記念写真を撮っているのが見える。左端は車椅子対応・オストメイト対応トイレ。晴れた日には遠く阿蘇山も見えるそうだ。
【大天守より小天守(北)を望む】天守閣最上階からみた小天守。
【大天守より本丸御殿(南)を望む】下に見えるのが本丸御殿。その先に熊本市中心部が見える。
【闇り通路東竹の丸口】闇り通路の本丸広場出口とは反対方向にある東竹の丸への出口。
【東竹の丸へ続く石段】東竹の丸には、西南戦争の火災にも焼け残った不開門(あかずのもん)や高石垣の上に櫓が建ち並び、国指定の重要文化財に指定されている。
【宇土櫓】平左衛門丸(大天守下)の西隅にある宇土櫓・渡り櫓・付け櫓。第3の天守閣と言ってもいいほどの堂々とした建物だ。当時の素材を使っているので、復元天守と違い時代を感じさせてくれる。
【宇土櫓正面】小天守方面からの宇土櫓と塀。宇土櫓は、外観3層、内部5階地下1階、入母屋屋根を2段に重ねている。直線的な屋根、破風など大小天守閣とは異なった風格をもっている。
【塀】塀には敵が城内に侵入してきた際鉄砲や矢を打つ小さな窓、狭間(さま)が設けられている。熊本城の狭間は長方形で長短2種類あり、長いものが矢狭間、短いものが鉄砲狭間。
【宇土櫓から数寄屋丸へ通じる桝形通路】ここを下っていくと熊本城の特徴である武者返しの美しいカーブの石垣や幾重にも重なった豪壮優美な石垣がを見ることができる。
【渡り廊下】見学コースは付け櫓から入り宇土櫓に抜けるルートになる。甲冑姿の武者が走っても楽にすれ違えるよう、幅が広く作られており武者走りと呼ばれている。
【明り障子】宇土櫓の窓は、格子の外側に突上戸、内側に明り障子が付いている形式。戦闘時には銃眼だけでなく格子の間からも鉄砲を撃ちかける。
【屋根と壁の内部構造模型】廊下右側には修理の際に差し替えた古材、屋根と壁の様子がわかる模型、創建当時の瓦などが並んでいる。
【主室】1階の一番隅の部屋が主室。黒光りする床が時代を感じさせる。
【階段】1階から2階へ上がる階段。防御のことを考えてかかなり急勾配だ。
【階段】4階から最上階へ上がる階段。一室を武者走りが取り囲んでいる感じの部屋だ。
【最上階】見張りのための廻縁(まわりえん)など天守閣には見られない造りだ。
【最上階から西大手門方向を望む】四方の窓が開け放たれているので開放的で気持ちがいい。
posted by 日本の秘湯 at 14:10 | 口コミ情報(0) | 小旅行九州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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