2009年11月17日

長崎 島原 島原城

【島原城】島原城は寛永元年(1624)、松倉重政が7年の歳月をかけて築いた連郭式平城。五層の天守閣を中核に、大小の櫓を要所に配置した安土桃山期の築城様式を取り入れた壮麗な城。城郭は南に天守が聳え立つ本丸があり、北隣に二の丸が廊下橋で結ばれ、さらに北側に三の丸があって御殿が置かれた。
【案内図】大手門跡(図右上)から城を望むと、堀から15m上に矢狭間をもつ瓦葺白壁塀と中央に三層の巽の櫓、右に丑寅の櫓、左に西の櫓があり、その上に五層の白色総塗込みの天守閣が35mの高さに聳え立つ。雲仙岳の裾野・森岳に築かれた緑と水と白亜五層の天守がすばらしい。
【駐車場】西の櫓近くの駐車料徴収所から蓮池の堀を渡り城内に入ると売店前に駐車場がある。昭和35年に西の櫓、39年に天守閣が復元された。
【西の櫓】その後47年には巽の櫓を復元して西望記念館を、平成8年には雲仙普賢岳噴火災害を紹介する観光復興記念館が開館した。
【駐車場からみた天守閣】天守は最上重を除いて破風などの装飾がまったくない層塔式。館内は歴史資料館として、収集した史資料をキリシタン史料・郷土資料・民俗資料と各階毎に公開している。
【西の櫓からみた天守閣】築城のための課役、キリシタンの弾圧、過酷な年貢などが要因となり領民の一揆(島原の乱)を引き起こす一因となったという。堅城であった島原城はびくともせず、あきらめた一揆勢は南に下って原城に籠城することとなる。
【長塀】巽の櫓から西の櫓下へ通じる道の両側にある長塀。南城郭(左)と本丸(右)側の白壁の塀には長円と三角の狭間が造られている。
【時計台とお城の鐘】駐車場奥、西の櫓の櫓塀沿いに時計台とお城の鐘がある。左の白建物はトイレ。
【観光復興記念館】資料館1階は120人収容のホールで雲仙普賢岳災害の記録映画を上映、2階の展示ホールでは火砕流のシミュレーション模型や被災現場の遺品などが展示されている。
【丑寅の櫓(民具資料館)】火鉢、糸繰車、アイロン、凧、ラジオ受信機、足踏脱穀機、大八車、土臼、製縄機など、島原の昔の人が使った生活に密着した民具が展示されている。
【巽の櫓(西望記念館)】島原出身の彫刻家で長崎平和祈念像の作者で文化勲章受賞者の北村西望の彫塑芸術の展示館。
【屋外展示】屋外に展示されている北村西望の天草四郎像、織田信長騎馬像などの大作が、散策コースのアプローチに花を添える。
posted by 日本の秘湯 at 15:48 | 口コミ情報(0) | 小旅行九州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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