2010年05月26日

三重 伊勢 伊勢神宮(内宮)皇大神宮

【皇大神宮】三重県伊勢市にある神社で、伊勢の神宮の2つの正宮のうちの1つ。一般には内宮(ないくう)と呼ばれる。両宮を参拝する際は外宮を参拝した後に内宮へ参るのがしきたりとされる。
【宮域図】宇治橋の内側には正宮のほか別宮の荒祭宮と風日祈宮、斎館・酒の神様を祀る御酒殿・御稲御倉・神嘗祭の時に神々の食事の御料を納めた由貴御倉・宮域の守護神を祀る四至神がある。
【料金所】五十鈴川にかかる宇治橋を渡り正宮までは10分ほど歩く。祭神は天照大神で、第11代垂仁天皇の26年(約2000年前)にこの伊勢に鎮座された。
【大鳥居】宇治橋入口の鳥居は外宮旧正殿の棟持柱で造られたもので、この鳥居は20年経つと桑名の七里の渡へ移される。
【宇治橋】宇治橋は長さ101.8m、幅8.4mの総檜造りの橋で、橋の欄干には16基の擬宝珠が置かれ20年に一度架け替えられる
【表参道】宇治橋を渡ると道は右に折れて玉砂利の参道を進む。巨大な杉や原生林を見て火除橋を過ぎ第一鳥居の手前の手水舎から右側通行となる。
【第一鳥居】手水舎で手を洗い口をすすぎ身も心も清めて、表参道を進むと正面に第一鳥居がある。第一鳥居をすぎると右側には御手洗場があり、五十鈴川の清流が流れている。
【御手洗場】御手洗場(みたらし)は昔からの祓いの場所で、参拝の前に五十鈴川の清流で身と心を清めてお参りするのがしきたりになっている。五十鈴川は御裳濯(みもすそ)川とも呼ばれている。
【第二鳥居】御手洗場より左に曲がりしばらく進むと第二の鳥居がある。斎館辺りまで来ると周囲を巨木で囲まれ、日差しも遮られてしまう。
【正宮前参道】第二鳥居をくぐり神楽殿の先をさらに進むと正宮へ上る石段が見える。北に荒祭宮、南に風日祈宮など多くの社殿が鎮まっている。
【正宮石段】正宮の前には30余段の石段がある。これを静かにのぼり板垣南御門に進み、生絹の御幌のかけられている外玉垣南御門前で参拝をする。幾重もの垣に囲まれた正宮に隣接して古殿地がある。
【正宮】社殿は唯一神明造と呼ばれる総檜造り、地面に丸柱をそのまま立てる掘立式で茅葺き屋根の高床建築。鰹木が外宮より1本多く10本、千木が内削(先端が大地と並行に切られている)になっている。
【古殿地】次回遷宮のための敷地。式年遷宮は今から1300年前、第40代天武天皇によって定められてから現在に至るまで続けられている。
【五丈殿】雨天の時にここで御祓い・大祓・遙拝など諸祭が行われる。当初は九丈殿・四丈殿もあったが、現在は五丈殿だけが残っている。
【内宮神楽殿】入母屋造り銅板葺きの建物で、神楽殿・御饌殿・御神札授与所がある。
【神楽殿正面】神楽殿では祈祷の神楽が行なわれ、希望者は奉納ののちに御饌殿で直会を行なえる。
【御神札授与所】御神札授与所では神楽の受付のほかにお札・お守り・神宮暦・御朱印の授与などを行なっている。
【宇治橋を渡った大鳥居】宇治橋を渡った所にも鳥居がありこちらは内宮旧正殿の棟持柱で造られ、関の追分の鳥居へ移されることになっている。
【おはらい町通り】おはらい町通り(旧参宮街道)は江戸時代初期から門前町として発達し、街道沿いには遊楽施設や名物などを食べさせる茶屋などが軒を並べ大いに賑わっていた。
【おかげ横丁】おはらい町通り中ほど赤福の前には江戸末期から明治にかけての街並みを移築再現した町「おかげ横丁」がある。
posted by 日本の秘湯 at 15:12 | 口コミ情報(0) | 小旅行東海 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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