2010年10月21日

香川 琴平町 金刀比羅宮

【金刀比羅宮】香川県琴平町の象頭山中腹に鎮座する、海上交通の守り神として信仰されている神社。長く続く参道の石段が有名で、本宮まで785段、奥社まで登ると1368段にもなる。
【本宮・書院エリア案内図】上段が本宮エリア、中段に旭社、下段に神椿、書院エリアがあり、それらをつなぐ太い緑道が参道。奥社は本宮右の参道をさらに登っていく。
【石段参道入口】本宮までの785段の最初の1段目がここから始まる。一之坂鳥居(113段)から先の大門までは特に急な石段となり一ノ坂と呼ばれ、両側には土産物屋や食事処が軒を連ねる。
【大門エリア案内図】左下の黄色建物が大門、大門の横に金刀比羅宮本教総本部、大門をくぐると五人百姓の露店、資料収集庫、宝物館、高橋由一館と参道に続く。
【一の坂】山門まで続く一の坂の急坂の石段。下の土産物屋の脇には「ここで294段目、御本宮まであと491段」の石碑がある。振返ると琴平町街や丸亀市街が一望できる。
【金刀比羅宮本教総本部】大門のすぐ手前右側にある建物で、全国の金刀比羅神社・琴平神社・金比羅神社の総本宮。左端に国指定重要有形民族文化財の青銅大燈籠が見える。
【大門】365段。本宮まであと420段。ここまでは金刀比羅名物・石段駕籠(上り5000円、下り3000円、往復6500円)に乗っていくこともできる。これより内が境内。参道左に建ち、朝夕に時刻をしらせる鼓楼の屋根が左端に見える。
【大門の随神】大門は神仏分離以前の寺院時代は仁王門だった。現在は仁王像の代わりに、左右に随神像が置かれている。神を守る者として安置された随身姿の像は随神といわれ、神社の門(随身門)の左右に置かれた。
【五人百姓露店・二の鳥居】門をくぐると特別に境内での営業を許された五人百姓が加美代飴(500円)を売っている。桜馬場入口の二の鳥居をくぐる。
【桜馬場参道】大門から150m程続く石畳の道。沢山の石燈籠と寄進碑が並び、春には参道両側に桜の花が咲き乱れ、すばらしい桜の道となるそうだ。
【宝物館】桜馬場右側にある石造二階の宝物館入口(800円)。奥の植込みに建つのは小林一茶句碑、手前にあるのは第21代宮司琴陵光重の歌碑。
【三の鳥居】桜馬場参道の終点に建つ三の鳥居。三の鳥居をくぐるとまた石段の参道。
【三の鳥居先の石段】高橋由一館を右手に見ながら石段を登ると広い広場にでる。
【桜馬場西詰銅鳥居】431段。本宮まであと354段。正面の鳥居が桜馬場西詰銅鳥居(四の鳥居)。
【銅鳥居前広場】銅鳥居の左側にある広場。広場の中央には大きなクスノキがあり奥には御厩がある。奉納品のプロペラ、アフリカ象の屋外展示もある。
【こんぴら狗】銅鳥居の右にあるこんぴら狗の銅像。飼い主に代わりこんぴら参りと記した袋を首にかけ代参をした犬を特に、こんぴら狗と呼んだ。
【御厩】神様が乗る神馬を飼養している神馬舎。中には5歳の月琴号(白馬)と18歳のトウカイ・スタント号2頭の神馬が飼われている。
【プロペラ】四国に本社のある造船会社から奉納されたもので、その直径は6mにも及ぶ。
【さざれ石】高橋由一館前にある国歌で歌われているさざれ石。長い年月の間に溶解した石灰石が多くの小石を結集して次第に大きく成長したもの。
【高橋由一館】近代の洋画家高橋由一の個人美術館(800円)。鉄筋建で日本洋画の開拓者と称される高橋由一の作品27点を収蔵している。
【書院への石段】銅鳥居をくぐり石段を上ると正面に、昔大名行列の到着を見張ったといわれる黄色い壁の着見櫓、右に書院の入口、社務所門がある。
【社務所門】切妻造平入・銅葺の大きな門。この門は書院の勝手口だが、社務所が書院に付属していた頃の名残で社務所門と呼ばれる。
【書院】重要文化財。書院では円山応挙の襖絵などが公開されている(800円)。毎年5月5日と7月7日には書院前庭で蹴鞠が行われる。
【ゆるやかな参道】書院から木馬舎まではゆるやかな参道が続き木馬舎に至る。
【木馬舎】500段。本宮まであと285段。木馬舎前には玉垣と石畳の広場があり、この広場の地下に資生堂レストラン神椿がある。
【木馬舎から見た石段・黒門】木馬舎の前から旭社へと続く石段が始まる。石段の10数段上右側には木の柵で塞がれている黒門が見える。
【四脚門】黒門から書院の正門である四脚門を望める。黒門・四脚門は普段は閉まっていて通れない。
【まだまだ続く石段】しばらく石段を上がると右手に広場がある。広場には祓戸社と火雷社の2棟の社殿がある。
【祓戸社・火雷社】右が祓戸社で神道の真髄、罪穢を祓い清める神。左の火雷社は鎮火・消防の神、疫病を防ぎ止める神といわれている。
【旭社広場から2棟の社殿を見る】祓戸社でお祓いをして本殿に上がる。祓戸社の右には祓戸社前銅馬が見える。
【旭社のある広場】628段。本宮まであと157段。天保8年(1837年)に竣工した社殿は、高さ約18m、銅板葺の総齣「二重入母屋造りで、天保建築の粋を集めた金刀比羅宮最大の木造建築物。
【旭社】重要文化財。神仏分離以前の真言宗松尾寺の金堂で、その豪華さに代参した森の石松は本宮と見誤り、ここへの参拝のみで帰ってしまったと伝えられている。
【旭社拝殿】神仏分離後、松尾寺の金堂は金刀比羅宮旭社と名を変え、仏壇を廃して神座に改められた。豪華絢爛な装飾の外観は見もの。
【旭社の装飾】上層の屋根裏には巻雲が、そして柱間・扉には人物・鳥獣・草花の華麗な装飾が彫刻されている。
【回廊と黄銅鳥居】旭社に面してある長さ約32mの廻廊。旭社から参道は右に曲がり、黄銅鳥居(五の鳥居)をくぐると豪華な唐破風の賢木門が建っている。
【賢木門】黄銅鳥居をくぐると賢木門がある。唐破風と千鳥破風の棟が交錯する檜皮葺の屋根をもち、優麗温雅な様式を備える。
【遙拝所】賢木門をくぐると右側に、皇廟(伊勢神宮)や皇陵を遙拝する遙拝所がある。遙拝所から手水舎までを闇峠という。参道は次第に木々に覆われ、ひんやりとした空気に包まれる。
【闇峠・マイナス1段】途中、道が一段下がっている。表参道から本宮まで石段を上る中、唯一下がるのはこの1段だけ。786段(な・や・む)の語呂を忌み、ここで一段下げて785段にしたと言われる。
【六の鳥居】闇峠には花崗石神明造の鳥居があり、その先に本宮手水舎がある。
【本宮手水舎】手水舎で心身を清めたところで連籬橋を渡る。
【連籬橋】生い茂る木々に囲まれ、静かな気持ちになれる。
【真須賀神社】連籬橋を渡ると、正面に須佐之男尊・奇稲田姫尊を祭神とする真須賀神社がある。
【御前四段坂】真須賀神社を左折すると133段の急な石段が続く。石段は4段階に分かれ御前四段坂と呼ばれる。ここを上りきれば本宮。
【御年神社】御前四段坂の途中、右手に御年(みとし)神社と事知(ことしり)神社がある。御年神社は農作穀物を司る神。
【事知神社】事知神社は御年神社の少し上の七の鳥居の傍にあり、商売繁盛の神である夷様として広く信仰される神様。御前四段坂を上りきると本宮。
【本宮】海抜は251mに位置する広い境内には、右から神饌殿、本宮拝殿・本殿、直所、南渡殿で繋がっている三穂津姫社、絵馬殿と並ぶ。社殿の反対側には神楽殿、神札授与所、御炊舎などがある。
【本宮拝殿】明治11年(1878年)再建。桧皮葺・大社関棟造りの社殿で、大物主神(大黒様)と崇徳天皇を祭る。拝殿の天井には桜樹の蒔絵が施されている。
【神楽殿】拝殿の前には神楽殿がある。祭典の伶人楽や雅楽を奏する所。
【直所】本宮の向かって左にあるのは、本宮詰員の控所の直所。直所の先は南渡殿で別宮、三穂津姫社につながっている。
【神饌殿・北渡殿】右にあるのが神饌殿。祭典や毎朝夕に神前に献ずる神饌を調進する所。神饌殿と本宮拝殿は北渡殿でつながっている。
【展望台からの眺望(左)】神饌殿前の境内は高台の展望台になっていて、彼方に讃岐富士(飯野山)や瀬戸大橋などを望むことができる。
【展望台からの眺望(右)】展望台からの眺めは素晴らしく、眼下に広がる讃岐平野をこうして見ると785段の高さが実感できる。
【境内】展望台から神札授与所方向を見る。どの社殿も目を見張るような檜皮葺きの屋根を持つ荘厳華麗な建物だ。
【南渡殿】神札授与所の向かい側にある長さ約40mの長い廊下。本宮から三穂津姫社まで南北に渡っている。
【神札授与所】神楽殿に並んで、神札授与所がある。お守りの拜受を受付けている所。幸福の黄色いお守りが人気。纏め買いしてる人もいた。
【三穂津姫社】南渡殿の南端に三穂津姫社がある。本宮の御祭神である大物主神の后、三穂津姫神が祭られる本宮別宮。
【三穂津姫社直所】三穂津姫社の向かって左側に三穂津姫社直所が隣接する。三穂津姫社詰員の控所。
【三穂津姫社神饌殿】右側には三穂津姫社神饌殿が隣接する。三穂津姫社に奉る神饌を調進する所。
【御炊舎】三穂津姫社の向かい側に御炊舎がある。朝夕神前に献する神饌を調理する所。
【絵馬殿】三穂津姫社の隣に絵馬殿がある。航海の安全を祈願した多くの絵馬が奉納されている。
【下向道】三穂津姫社の正面から下に向かって石段が続いている。帰路となる下向道だ。
【大山祇神社】下向道を下る途中、左側に山を司り鎮護する神、大山祇神社がある。
【旭社】下向道を下ると、先ほど通った旭社のある広場にでる。ここから山門まで同じ道を戻る。
【旧金毘羅大芝居への道】お参りの後は、旧金毘羅大芝居に立寄る。「御本宮まであと491段」の石碑のある笹屋とその下の亀屋の間の道を右に曲がる。
【象頭山中腹に建つ山門】坂道を降り左折、琴平老人の家前を通り、道成りにしばらく進むと旧金毘羅大芝居が見えてくる。琴平老人の家で振り返ると象頭山中腹に建つ山門を望める。
【旧金毘羅大芝居】重要文化財。金丸座とも呼ばれ、天保7年(1836年)参道近くに建てられた、現存する日本最古の芝居小屋(500円)。今も毎年春に「四国こんぴら歌舞伎大芝居」として歌舞伎が公演され、四国路に春を告げる風物詩となっている。
posted by 日本の秘湯 at 12:07 | 口コミ情報(0) | 小旅行四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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