2011年06月18日

岩手 平泉 中尊寺(本堂・金色堂・讃衡蔵・旧覆堂・経蔵・能楽殿)

【平泉中尊寺】奥州藤原氏三代ゆかりの寺。平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始め、多くの文化財を有する。
【案内図】平泉は、平安時代末期に奥州藤原氏の本拠地があった町として有名。当時は平安京に次ぐ大都市として栄え、中尊寺や毛越寺などの遺跡から、当時の繁栄を偲ぶことができる。訪問1週間後の、2011年(平成23)6月25日に、中尊寺、毛越寺などが「仏国土(浄土)を表す建築・庭園」として世界文化遺産に登録された。
【駐車場】国道4号奥州街道、平泉レストハウスに無料駐車場がある。
【駐車場から参道方向を見る】奥州街道から月見坂と呼ばれる参道を登った丘陵上に諸堂が点在する。
【月見坂参道入口】関山丘陵一体に大伽藍が建立され、金色堂を残して往時の堂塔は全て消滅した。
【月見坂】中尊寺の表参道の月見坂、入口から本堂まで560m(金色堂は800m)の坂を上る。樹齢300〜400年の杉木立の中、両脇に沢山の堂が立ち並ぶ。
【八幡堂】1057年の源氏の安倍氏追討の際(前九年の役)で戦勝祈願して建てられたのが始まり。月見坂を登り始めてはじめにある子院。
【総門跡】参道入口から200m、八幡堂と弁慶堂の間にある総門跡。本堂まで360m(金色堂は600m)。
【弁慶堂脇参道】総門跡から50mほど先の月見坂参道と並行する弁慶堂へ通じる脇参道を進む。
【弁慶堂】本尊勝軍地蔵菩薩。弁慶堂右脇の石段を降りると月見坂参道に戻る。
【弁慶堂内部】堂の中の本尊傍らに、義経公と弁慶立ち往生の木像を安置する。
【東物見台からみる平泉市街】弁慶堂の前には東物見台があり、束稲山と北上川が一望できる。
【杉木立の参道】中腹あたりに中尊寺本堂、そこから少し上ったところに資料館と金色堂がある。
【境内図】経蔵、金色堂覆堂、石製五輪塔・宝塔、野外能舞台の5件の国指定重要文化財のほか、全盛期の遺跡が良好な状態で保存されている。
【地蔵堂】月見坂参道の右側、本堂の手前にあり、堂後ろからは北上川を眺めることができる。この地蔵堂にはおみくじや御札がたくさん飾られている。
【地蔵堂内部】苦悩の人々を大慈悲の心で包み込み救う菩薩様。子供の守り神としてよく知られる。
【奥の細道展】奥の積善院では「奥の細道展」を常設展示。茶菓子と抹茶も振舞われているので、帰りに寄ることにする。
【薬師堂脇参道】月見坂参道の左側、本堂の斜め向かいにある薬師堂への脇参道。
【薬師堂】堂内には慈覚大師作と伝えられる薬師如来が安置され、脇侍に日光菩薩、月光菩薩と十二神将が安置されている。
【観音堂】薬師堂に隣接し、ひっそりとした佇まいの観音堂。
【観音堂内部】観音様は日本で一番信仰を集めている仏様。
【中之坊】月見坂の参道を登りきった560mの所にある中尊寺本坊。本坊の前に中尊寺中之坊があり、お札、念珠、経文香などを売っている。
【本坊表門】表門は薬医門形式で左側に脇門がある江戸時代中期の物。県指定有形文化財に指定されている。
【中尊寺本坊】中尊寺というのはこの山全体の総称であり、本寺である「中尊寺」と山内17カ院の支院(塔頭、大寺の中にある小院)で構成されている一山寺院。
【本堂】奥州藤原氏滅亡後、1337年(建武4)に火災により多くの堂宇と共に本堂も焼失した。その後、伊達藩の庇護の元、多くの建物が再建され、様々な儀式などが執り行われている。
【本堂上り口】本堂は、一山の中心となる建物で、1909年(明治42)に再建された。古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で、一山20〜23名ほどの僧侶が総出仕して勤められる。
【御本尊】本尊は阿弥陀如来、本尊の両脇にある灯籠は「不滅の法灯」といわれる、宗祖伝教大師最澄が点して以来消えたことがない天台宗の象徴的な灯で、総本山延暦寺から分けたもの。
【御朱印所】松尾芭蕉も奥の細道で訪れた、慈覚大師開基の松島の瑞巌寺、山寺の立石寺、平泉の中尊寺と毛越寺を巡る「四寺廻廊」の御朱印所がある。
【寺務所玄関】御朱印所横の寺務所玄関内には、中尊寺を描いた衝立が立てられている。
【鐘楼】本堂脇にある鐘楼。昼時に鐘が突かれるそうだ。
【手水鉢】大きな石の手水鉢があり、水がほとばしり出ている。
【お札授与所 寧息庵】写経、座禅、供養の申込所。お守り、お札や衡年茶などのお土産も売っている。
【絵馬】中尊寺は目の絵馬で有名だが、こちらは阿弥陀如来が描かれた普通の絵馬。
【出口門】境内の奥には池のある小さな庭園があり、寺務所を通ると出口門がある。
【順路】門をでると右に峯薬師堂、左に峯薬師堂の札所が見える。順路に沿って月見坂参道に戻る。
【峯薬師堂と池】本堂の先、参道から峯薬師堂札所を右に見ながら入っていくと峯薬師堂がある。池には天然記念物のモリアオガエルが生息している。
【峯薬師堂】中尊寺の目の絵馬は、目のご利益があるとして有名だが、目の絵馬や目のお守りが販売されているのは、峯薬師堂の横にある札所のみ。
【峯薬師堂内部】堂内には、本尊の薬師如来座像が安置されている。この薬師如来像は金箔で覆われていてきれい。
【目の絵馬】全国的にも珍しい目の絵馬。目のお守りも売っているので、目を使う仕事や目が弱い人にはいいかも。
【不動堂】本堂から金色堂に向かう途中にある不動堂は、中尊寺の祈祷道場。毎月28日が不動尊の縁日で護摩を焚く。
【大日堂】間四方、宝形造りの屋根に庇を付けたシンプルな堂。中央に本尊の「金剛界大日如来像」が安置されている。
【金色堂への順路】月見坂は下りに入り、梵鐘、阿弥陀堂など素朴なお堂が並ぶ。
【梵鐘】1343年に鋳造された梵鐘が納められており、その梵鐘の銘には中尊寺創建の由来が記されてあるそうだ。
【阿弥陀堂】阿弥陀堂は縁結びの御利益があるとされ、多くの御札が結びつけられている。
【阿弥陀堂内部】本尊の阿弥陀如来は、現世と来世をよりよいものとするように導いてくれる仏。
【讃衝蔵入口】讃衡蔵は中尊寺に伝わる文化財・宝物を永く後世に伝える宝物館として建設され、2000年(平成12)に新築された。館名の讃衡蔵とは「奥州藤原三代(清衡・基衡・秀衡の衡)の偉業を讃る(たたえる)宝蔵」という意味だそうだ。
【讃衝蔵】奥州藤原氏の遺宝、国宝・重文3000点以上を収蔵。展示室では三体の丈六仏、金色堂の仏具・副葬品、中尊寺経と通称される初代清衡公の「紺紙金銀交書一切経」・3代秀衡公の「紺紙金字金字一切経」などを公開。
【チケット売場】年中無休、3/1-11/3 8:30〜17:00(11/4-2月末〜16:30)、大人 800円。入館すると入口の畳敷き広間奥の高段に鎮座する三体の丈六仏の荘厳な姿に圧倒される。
【三体の丈六仏】重文。丈六仏とは、立像の高さが1丈6尺=4.8m、坐像なのでその半分の大きさの仏像。中央が本堂にあった阿弥陀如来坐像、両脇は峰薬師堂・閼伽堂にあった薬師如来坐像。(画像:ガイドブックより転写)
【中尊寺経】国宝。紺紙に金字行・銀字行と一行ずつ交書した紺紙金銀交書一切経。(画像:ガイドブックより転写)
【ショップ】ガイドブック、絵葉書、ポスター、図録出版物、般若心経扇子など中尊寺商品を販売。
【金色堂前広場】金色堂の前は広い広場になっていて、休憩用のベンチも設けられ一休みもできる。
【金色堂受付】広場の端にある金色堂受付に共通拝観券を提示して入場する。ここから旧覆堂出口までは有料エリア。
【金色堂参道】前九年・後三年という長い戦乱で亡くなった人の霊を敵味方の区別なくなぐさめ、仏国土を建設すると、藤原清衡の「中尊寺建立供養願文」に書かれている。
【覆堂入口】金色堂を保護する覆堂は、1965年に建て替えられたコンクリート製。金色堂は中尊寺創建当初の姿を今に伝える唯一の建造物で、1124年(天治元)に上棟された。
【覆堂内部】覆堂入口から覆堂内を見る。
【須弥壇】方三間の阿弥陀堂は、内外を黒漆で塗りその上を金箔で押し、内部の長押、柱、須弥壇には金蒔絵、極彩色が施され、要所は宝相華文を透し彫りにした金具で装飾されている。須弥壇の上にご本尊阿弥陀如来、その前に観音菩薩と勢至菩薩、左右に3体ずつ地蔵菩薩が1列に並び、最前列には持国天と増長天がこの仏界を守護している。(画像:ガイドブックより転写)
【金色堂】国宝。堂の内外に金箔を押してある「皆金色」の阿弥陀堂。須弥壇内には、藤原清衡、基衡、秀衡の遺体と泰衡の首級が納められている。(画像:ガイドブックより転写)
【経堂への順路】金色堂覆堂をでて、順路を進むと芭蕉句碑、その先に経堂がある。
【芭蕉句碑】奥の細道で、中尊寺金色堂を訪れた際の句「五月雨の 降残してや 光堂」の句碑。
【経堂】重文。現在の建物は平安時代の古材を使い、鎌倉時代に建立された。彩色などは剥げ落ち、歴史の重みを感じさせてくれる。
【経堂内部】本尊は騎師文殊菩薩像。経棚にあった紺紙金字一切経(国宝)は、讃衡蔵に保管。
【旧覆堂への順路】経堂から旧覆堂への順路には、天満宮、奥の細道の石碑と松尾芭蕉像が建つ。
【天満宮】中尊寺境内の最奥地の高台に鎮座している天満宮。
【奥の細道石碑】天満宮を通り過ぎて行くと金色堂の旧覆堂があり、その手前に奥の細道の石碑と松尾芭蕉像が建立されている。
【松尾芭蕉像】芭蕉は、門弟の曾良を連れ平泉を訪れ、高館に登り義経堂を参詣し「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を残している。
【旧覆堂】重文。金色堂を風雪から護るため1288年に鎌倉幕府によって建てられた五間四方の堂。昭和38年に新覆堂が建設されて旧位置より移築された。
【旧覆堂内部】長年の風雪に耐えてきた頑丈さ、その大きさや天井の高さに驚かされる。四方を見回すと、その一辺には秀衡と義経の対面の壁画がある。
【山門】旧覆堂をでて坂道を少し下ると、左に山門があって奥に、中尊寺の中でも、最初院と呼ばれる多宝塔の次に古い大長寿院の本堂が見える。
【大長寿院】藤原清衡が1107年に建立した院の奥には、源頼朝を驚かせたという阿弥陀堂(二階大堂)という高さ15mにも及ぶ巨大な伽藍がそびえていた。
【竹林】大長寿院の周囲には竹林が空高く真っ直ぐに伸び、竹林の向こうには、巨大な杉の大木が白山神社の参道を形成している。
【庭の苔】大長寿院は、庭が美しい。苔むした庭に、春に芽吹いたカエデが、秋には真っ赤になってこの庭を染める。
【釈迦堂】竹林に隣接し、美しい木々に覆われた風情ある佇まいの釈迦堂。
【白山神社入口】釈迦堂を下ると白山神社の鳥居が見える。屋外能楽殿の入口だ。
【白山神社参道】赤い鳥居をくぐって進むと、杉木立に囲まれた奥の正面に茅葺の建物が見える。
【白山神社境内】境内には、中尊寺を代表する施設の1つ、重要文化財にも指定されている能楽殿、白山神社の拝殿がある。
【能楽殿】重文。能楽殿は茅葺の寄棟造りで欄干で囲まれた本舞台と鏡の間が橋掛かりで繋っている。
【能楽殿鏡板】鏡板に描かれた「老松」。色あせた鏡板に描かれた老松は歴史を感じさせてくれる。
【白山神社拝殿】中尊寺鎮守の白山神社。北方を鎮護する神として、中尊寺の本殿と共に崇められたと伝えられている。
【金色堂前広場への順路】左に山口青邨句碑、正面の建物は、白山神社の参道から外れて見晴らしの良い処に建つかんざん亭。
【積善院入口】金色堂前広場からの帰路、本堂と地蔵堂の間の茶屋の看板を入ると積善院がある。
【積善院への順路】積善院の茶屋は、少し奥まったところにあり「奥の細道展」も常設されている。
【積善院】展示室へ入るには入館料が必要だが、奥の細道や中尊寺に関する貴重な写真や資料を見ることができる。
【寺門】積善院から月見坂参道に戻る途中にある寺門。月見坂参道を下り駐車場へ向かう。
posted by 日本の秘湯 at 12:05 | 口コミ情報(0) | 小旅行北東北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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