2011年09月26日

長野 南木曽町 妻籠宿

【妻籠宿】長野県南木曽(なぎそ)町に位置する妻籠宿は、中山道六十九次の42番目の宿場。隣接する馬籠宿(岐阜県中津川市)と、馬籠峠を越える旧中山道史蹟と合わせて木曽路を代表する観光名所として名高い。
【妻籠宿】中山道と伊那街道が交叉する交通の要衝として古くから賑わいをみせていた全長約500mの町並みは、江戸時代にタイムスリップした感じで、どれも当時の面影を残し、懐かしさと郷愁を感じる情緒いっぱいの宿場町。
【町営第2駐車場】国道256号沿いにある普通車専用の町営有料駐車場(500円)。駐車場の一角には長寿地蔵尊「ぴんころ地蔵」が祀られている。
【町営第1駐車場】大型車駐車場(バス2000円、マイクロ1500円)。駐車場内にバス停・待合所、タクシー乗り場が併設されている。
【妻籠宿入口】第1駐車場横にある妻籠宿入口の案内板。ここを登っていくと妻籠宿の街並みにでる。
【妻籠宿への坂道】町営の駐車場から中山道妻籠宿街並みに通じる坂道。
【中町の街並み】坂道を登りきると甘味処「木の花屋」の前にでる。妻籠宿は江戸方から恋野、下町、中町、上町、寺下、尾又の6地区に分かれ、左に曲ると高札場、熊谷家住宅のある下町・恋野方面へ、右に進むと本陣のある妻籠宿中心地の中町・上町から庶民宿の上下嵯峨屋のある寺下・尾又になる。
【下町の街並み】妻籠宿は大きく宿場、寺下、在郷と分かれ、宿場では木造2階建て、切妻、平入りで2階部は出桁造りで張り出し比較的間口の広い建物で構成している。寺下は光徳寺の門前町として発展し上・下嵯峨屋など間口が狭く比較的規模の小さい町屋で構成され、在郷は農家と町屋が混在している。
【高札場】今日でいう「官報掲示板」で、幕府が庶民に対し、禁制や法度等を示したもの。お上のご威光そのままに、人々を見下ろすように高札が掲げられている。
【口留番所跡】高札場の先には口留番所跡、熊谷家住宅、鯉岩がある。口留番所跡は、戦国時代から17世紀半ばまで関所が置かれていたが、後に木曽福島に統合された。
【熊谷家住宅】19世紀初頭に建てられた長屋の一部。建物は木造平屋建て、切妻、平入り、金属板葺きで、一般の民家ということもあり派手な意匠は少なく軒が低いなど当時の形態を色濃く残している。
【熊谷家住宅内部】左右の建物が取り壊されて建て替えられたことから、長屋の間取りの右半分と左半分が残り、一軒の家として使用されたもの。町の文化財に指定されている。
【鯉岩】中山道名三石の1つだったが、明治24年の濃尾頭大地震で頭の部分が落ち、形が変ってしまったそうだ。
【下町・中町方向をみる】鯉岩散策後は同じ道を戻る。高札場の坂を降りたあたりからみる下町・中町の街並み。
【南木曽町博物館】中町の中心部にある脇本陣奥谷(国重要文化財)・歴史資料館・妻籠宿本陣から構成される南木曽町博物館。山懐に抱かれた旧中山道の面影がいまも残る歴史の里は、土蔵の白壁がきれいな風景。
【館内案内図】代々脇本陣・問屋を務めた奥谷家の住居を公開。敷地内に歴史資料館が隣接し、通りを隔てた向かいに妻籠宿本陣がある。入館料:脇本陣奥谷+歴史資料館600円、妻籠宿本陣300円、3館共通券700円。
【脇本陣奥谷】明治10年に建てられた総檜造りの建物で、島崎藤村の初恋の相手「ゆふ」の嫁ぎ先でもある。
【歴史資料館】昔の生活道具、皇女和宮よりの拝領品などを展示する。
【妻籠宿本陣】脇本陣の向かいにある妻籠宿本陣。島崎藤村の母の生家で明治に至るまで本陣・庄屋を勤めた。平成7年4月に江戸時代の間取り図を基に復元された。本陣門左には人馬会所(問屋場)も復元されている。
【ふれあい館】本陣隣にある、桧をふんだんに使って建てられた無料休憩施設「ふれあい館」。朝市や木曽の木やその工芸品の実演販売などふれあえるところ地元民芸品のも行われている。
【郵便史料館】脇本陣奥谷隣の妻籠郵便局内にあり、日本の郵便制度の歴史資料を展示。宿場内では明治時代の郵便配達の衣装を着け配達する人も。
【上町の街並み】中町から上町へと進み、観光案内所から振返って上町の旅籠や商家が軒を連ねる街並みをみる。
【妻籠ぎんもくせい】観光案内所脇の階段を60mほど登ると左手に、県天然記念物の「ぎんもくせい」がある。代々愛育されてきた巨木で、花の開花時期は9月中旬〜10月上旬頃。
【観光案内所】明治30年に建てられた「旧吾妻村警察署」が妻籠観光協会の観光案内所になっていて、観光案内、宿泊案内、宿泊予約などができる。左の四角い電話ボックスもレトロ。
【寺下入口から光徳寺をみる】街並は三又路となり左の坂上にあるのが妻籠宿を見下ろす高台に立つ古刹「光徳寺」。寺下地区は光徳寺の門前町として発展した。
【桝形の跡】宿場は、幕府により防塞施設としても造られており、敵の侵入を阻むために道を直角に折り曲げて、いわゆる「桝形」を設けていた。現在は町史跡になっている。
【光徳寺参道】町並みより1段高い台地に石垣を築き、白壁をめぐらせた気品ある寺で、明応9年に開山されたと言われ、本尊は薬師如来像。老枝垂桜が歴史をしのばせる。
【石仏「寒山拾得」像】光徳寺石段参道の横には、道祖神として延命地蔵の横に祀られている石仏「寒山拾得」像がある。双体像で寒山は経巻を拾得はホウキをそれぞれ持っている。
【延命地蔵】文化10年光徳寺住職中外和尚が、地蔵尊像の浮かび上がった岩を蘭川(あららぎがわ)から運んできて安置したもの。汗かき地蔵ともいう。
【桝形跡から寺下への石段】枡形を抜けると寺下の町並みが続く。妻籠宿の保存事業はこの寺下地区から開始され、26戸の解体復元工事が実施された。
【松代屋】妻籠は木曽路でも江戸時代の情緒を色濃く残している。見どころも点在していて旅籠「松代屋」では、昔ながらの旅籠に泊まることもできる。
【石段上から松代屋方向をみる】往きは右上の延命地蔵堂前の道を進み、帰りはこの道が順路になっている。下嵯峨屋と隣の松代屋が見える。
【下嵯峨屋】昭和43年に長屋一戸分を解体修復したもの。庶民の暮らしを学ぶ資料館として公開されている。上嵯峨屋と同様、町の有形民俗文化財。
【寺下の街並み】先に進むと左側に上嵯峨屋とその馬屋跡がある。上嵯峨屋は建築当初の形式をよく留めた木賃宿跡だ。
【馬屋跡】上嵯峨屋の手前にある上嵯峨屋の馬屋跡。妻籠宿では上嵯峨屋、下嵯峨屋をはじめ、馬屋跡などを一般に公開している。
【上嵯峨屋】江戸中期の木賃宿を1969年(昭和44)に解体復元した上嵯峨屋。内部の中央が通り土間になっており、旅人は左手奥の座敷で雑魚寝した。町の有形民俗文化財に指定されている。
【民芸品店みはらや】木曽名産の木工品、つげ櫛、竹製花器などの民芸品を数多く取り揃えている。
【寺下から尾又方向の街並みをみる】歴史の重みを感じさせる建物が並んでいる。
posted by 日本の秘湯 at 17:00 | 口コミ情報(0) | 小旅行甲信越 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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