2011年09月27日

長野 伊那市 高遠城址公園

【高遠城址公園】長野県伊那市にある高遠城址を中心に整備された公園。春になるとこの地にしか咲かない1,500本のコヒガンザクラが咲き乱れ、城は赤みを帯びた鮮やかな桜色に包まれる。日本さくら名所100選に選定され、毎年4月上旬から5月上旬にかけての観桜シーズンには「高遠城址公園さくら祭り」が催され、全国から花見客が訪れる。
【案内図】武田信玄の家臣であった山本勘助が縄張り(城郭設計)した堅城で、別名兜山城ともいわれる。1582年(天正10)、城主・仁科盛信(信玄五男)の時落城するが、この時籠城していた信玄の娘・松姫(盛信の妹)と、攻城軍の総大将織田信忠(織田信長嫡男)は元婚約者同士であり、落城にまつわる悲劇として知られている。
【勘助曲輪】現在の勘助曲輪は広い駐車場になっている。元々は高遠高校のグランドだった。近くには高遠城の大手門と伝わる門も残されていて、高遠高校の正門として使われていた。
【公園グランド駐車場】沢山の駐車場が城周返にはあるが、ここは観光バス80台が止められる大型の駐車場。グランドとは言え普段は使っていない感じ。
【高遠城址大手門】案内板によれば、一度売却されてしまった門だが寄附されて現在の場所にあるそうだ。形も大きさも縮小されている。
【大手門横の敷地】桜の時期には飲食店が出現して、人、人だらけになる場所だが、夏の今は人も桜もない。
【高遠城址公園入口】入口が分からず公園グランド駐車場から北ゲート(大手口)前駐車場へ移動。ここが高遠城址公園の入口のようだ。中に入ると国指定文化財の高遠閣が迎えてくれる。
【高遠閣】二の丸跡に建つ木造2階建、入母屋造り鉄板葺の大正・昭和初期の貴重な建物は、赤い屋根の偉容が遠方からも眺められ、高遠城跡のシンボルとなっている。
【高遠閣内部】元々は地域の集会所として作られたものだが、現在は観光客の休憩所・案内所として使用されている。
【入口ゲート】高遠閣前の小さな建物の入口ゲートを入り高遠閣を振り返る。桜の時期は有料(500円)となる。オフシーズンは無料で入場自由。
【公園案内図(西)】高遠閣〜二の丸〜桜雲橋〜本丸〜神社〜太鼓櫓〜笹曲輪〜南曲輪〜白兎橋〜法幢院曲輪〜二の丸〜高遠閣と黄色のルートを散策。
【公園案内図(東)】本丸を中心に二の丸・南曲輪・勘介曲輪・法幢院曲輪・笹曲輪などの曲輪が段階的に配置されている。
【天下第一の桜の碑】二の丸に建つ天下第一の桜の碑。高遠城は、高遠コヒガンザクラで有名で、春は桜が咲き乱れ美しい景観を見せる。
【二の丸から本丸への散策路】手前の二の丸から本丸空堀をまたぐ桜雲橋を渡り、問屋門をくぐれば本丸に入る。
【桜雲橋】高遠城本丸を囲む空堀に架かる桜雲橋と問屋門。桜雲橋が架かる空堀の東西には小さな池があり、堀に降りて散策もできる。
【横からみる桜雲橋】桜の枝が欄干まで垂れる桜雲橋の写真で全国に紹介され、高遠城には欠かすことができない景観シンボルとなっている。
【問屋門】高遠城下の問屋(宿場で伝馬と人足を管理運用していた宿)にあった問屋門を移築したもの。本丸側の石垣や土手は往時の形を存している。
【高遠コヒガンザクラの碑】問屋門を抜けると、長野県の天然記念物に指定されるまでの経緯が書かれた大きなオブジェのような碑がそびえる。
【本丸跡】見事な枝ぶりの桜の老大木のある本丸跡。ゆったりとして心が休まる。
【新城・藤原神社の鳥居】藤原神社と新城(盛信)神社の二つの神様を合祀した神社の前に建つ鳥居。
【新城・藤原神社】高遠藩主内藤氏の祖神藤原鎌足と、織田の甲斐侵攻に際して高遠城において最後まで抵抗し討死した仁科盛信(信玄五男)を祀る。
【太鼓櫓全景】藤原神社を左に折れると、太鼓櫓がそびえているのが見えてくる。以前は櫓に登れたようだが今は立入禁止になっている。
【太鼓櫓】藩政時代、時報に使われていた太鼓櫓。朝6時から夕方6時まで、毎偶数時に時を知らせることが昭和18年まで続いた。
【中村元恒・元起の記念碑】本丸の東にある大正9年建立の高遠の学を確立した中村元恒元起父子の碑。公園の碑の中で最も細長く斬新なデザインだ。
【城内の案内板】本丸から南曲輪へ向かう散策路と西ゲートからの散策路の交差点にある案内板。
【南曲輪】案内板を先に進むと南曲輪にでる。本丸の南をめぐる二の丸が掘で区切られていた一郭だ。
【靖国招魂碑】招魂碑脇の忠骨蔵には日露戦争で戦死した遺骨・遺品が収められている。
【白兎橋】南曲輪と法幢院曲輪の間の空堀に架かる橋で、白兎橋から中央アルプス(木曽山脈)がよく見えるため撮影スポットとなっている。
【法幢院(ほうどういん)曲輪】南曲輪の南に設けられた法幢院曲輪。 かつてここには法幢院という寺院があり、高遠城落城の際には法要も営まれた。
【奇壁・碧梧桐句碑】表は高遠商人の広瀬奇壁の「斑雪高嶺朝光 鶯啼いて居」、裏は河東碧梧桐の「西駒は斑雪てし 尾を肌脱ぐ雲を」を刻んだ句碑。
【法幢院曲輪からの眺め】法幢院曲輪から伊那市街をみる。眼下には高遠の町並みと遠く南アルプスの山並みが広がる。
【南ゲート】正面に法憧院郭にある南ゲートがみえる。南ゲートから外へ出ると、信州高遠美術館のある広場にでる。
posted by 日本の秘湯 at 15:50 | 口コミ情報(0) | 小旅行甲信越 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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