2009年11月07日

岡山 備前 備前焼伝統産業会館

【備前焼伝統産業会館】岡山伊部駅前にある備前焼伝統産業会館。 1Fは東備広域観光センター、喫茶やレストラン、2Fは備前焼展示即売場、3Fでは土・日・祝日は土ひねり体験もできる。建物全体が登り窯の形にデザインされている。
【2Fギャラリー】入口からギャラリーを望む。備前は、日本六古窯の瀬戸・常滑・丹波・越前・信楽・備前のなかでも最も古い窯場。2F展示即売場では会員の作家や窯元の新作を一堂に集めて展示販売していて、その数は1,000点以上に及ぶ。
【ギャラリー奥から入口を望む】備前では、古きよき伝統を守り、昔ながらの登り窯、松割り木の燃料を用いて、雅味深い備前焼を作っているそうだ。
【徳利とぐい呑み】釉薬をかけず、裸のまま、約2週間前後1200度以上の高温で焼き締めるため、強度が他の焼き物に比べると高い。
【コーヒーカップ】釉薬をかけないで良質な陶土をじっくりと焼き締める、素朴、土の味、手づくりのぬくもりの感じられる焼き物。
【マグカップ】備前焼には微細な凹凸があり発泡能力が高いことから、泡はきめ細かく泡の寿命が長いことから香りを逃がさないのでより美味しく飲むことができる。
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岡山 備前 備前焼窯跡天保窯

【天保窯】天保窯は備前市伊部(いんべ)にある不老山の麓、北大窯跡の下方、明治窯森神仙の隣にあるにある市指定文化財の備前焼の登り窯跡。現存する江戸時代からの窯はこれだけ。
【天保窯外観】窯跡はフェンスで囲まれていて中に入ることはできないが、黒く焼けた煉瓦が時代を感じさせる。
【天保窯窯口】備前焼の古窯で原姿をとどめているのはこの窯だけ。備前焼は遠く平安時代頃に始まり、鎌倉期にいわゆる古備前と呼ばれる盛隆期があり今日まで続いている。
【天保窯左側面】長さ16m幅4m、昭和15年ごろまで使用されていたそうだ。100年以上の歴史を偲ばせる貫禄がある。
【窯の内部】窯は当時の京焼の窯を模した典型的な登り窯であり、大きなトンネル構造の大窯とは違い、小さい室を並べた構造となっている。
【天保窯右側面】今にも崩れそうだ。それまでの窯はもっと大規模なものだったそうで、南大窯跡、西大窯跡、北大窯跡が今でも残っている。
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岡山 備前 備前焼窯元備州窯

【レンガ造りの煙突】伊部(いんべ)駅をでると備前焼独特のレンガ造りの四角い煙突が何本も見えていて窯元に来たなぁという感じ。街は備前焼の店だらけだ。
【窯元街】何人かの作家の作品を置いている大きな店もあれば、裏の窯で焼いたものを並べているだけの小さな店があったり、みなそれぞれ個性があって焼き物には作り手の人間性が表れる。
【松割木保管庫】備前焼独特の焼色は登り窯、穴窯などで、赤松の割木を用いて長時間焼成することによって得られ、松割木は火足が長く松には鉄分が含まれているので火色が出やすいそうだ。割り木には3ヶ月以上の乾燥が必要で、野外で乾燥させたり、窯屋の軒に入れて乾燥させて使用する。
【備州窯窯場】備州窯は、昭和49年に人間国宝の山本陶秀が開いた窯元で展示場では備州窯の陶工たちの作品を展示即売している。工房・窯場は常時解放されていて、作陶風景や窯たきなど自由に見学ができる。登り窯の中まで見える幅3m、奥行き15mの登り窯。右隅にはガス窯も見える。
【説明パネル】備州窯の体験コーナーに展示してある備前焼のできるまでと焼けによる分類パネル。300名が収容できる工房では陶工の懇切な指導で手びねりの作品を体験できる。
【焼けによる作品例】燠に埋めて焼成した灰かぶり、松割り木の灰が素地に降りかかってできる胡麻、窯の隅など直接に炎や灰の当たらない場所で焼かれた桟切(サンギリ)、素地に稲藁を巻いて焼成する緋襷(ヒダスキ)などの作品が展示されている。

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岡山 倉敷 大原美術館

【新渓園入口】大原美術館は、倉敷市倉敷美観地区の一角にある私立美術館。倉敷紡績社長・大原孫三郎が洋画家で美術品収集家でもあった児島虎次郎に委嘱して収集したエル・グレコやルノワール、セザンヌ、ゴーギャン、モネなどの作品を所蔵する。
【本館】西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初のもので、印象派から現代にまでいたる西欧美術の代表と、明治以降の日本近代美術史を語るのに見逃すことのできない傑作が揃っている。
【チケット売場】本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館といくつかに分かれており、児島虎次郎記念館だけが別料金になっている。
【本館玄関】ギリシア様式の本館玄関。ツタにおおわれた石垣、門を入るとロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」「カレーの市民」の像が迎えてくれる。
【カレーの市民】英仏百年戦争のカレー包囲戦のエピソードをもとに制作された。手に持っているのは投降の印、町の城門の鍵。
【本館1F展示室出口】玄関を入るとすぐ1F展示室があり、出口をでるとエスカレータで2Fに上がる。
【ベートーベン像】1F展示室前にあるブールデル「ベートーベン像」。耳が聴こえなくなっても作曲を続けたベートーベンの内面の葛藤が伝わってくる。
【新渓園】館内で唯一写真撮影が可能な場所から庭園を見る。分館の前の日本庭園と日本庭園に点在する東屋など見るところは盛りだくさん。

【主要コレクション】エル・グレコ「受胎告知」、ルノワール「泉による女」、ゴーギャン「かぐわしき大地」、モネ「睡蓮」など。
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岡山 倉敷 倉敷美観地区

【白壁と掘割り】白壁と掘割り、柳の並木が美しい倉敷美観地区。倉敷川沿いは現在でも江戸時代からの風情を残し、商家や蔵が立ち並ぶ。白壁と青い空、紅葉との色彩のコントラストが美しい。
【情緒漂う倉敷川の景観】倉敷川周辺の地域は江戸時代に港町として栄え、物資を運ぶ運河として利用されていた。茶色の塀は大原家別邸の有隣荘。緑色の瓦屋根が目立つことで緑御殿とも呼ばれている。
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2009年11月09日

広島 宮島 宮島フェリー

【宮島口フエリー乗場】JR宮島口駅より徒歩6分の距離にあるJR宮島フェリー。左隣には、広島電鉄の宮島松大観光船の桟橋もある。どちらも定期便を運航してる。
【フェリーから宮島口桟橋を望む】15分間隔で運行。宮島口発9:10〜16:10の便はフェリーが大鳥居に接近し海から参拝ができる大鳥居便。
【フェリーから宮島口を望む】左がフェリーターミナル、右の青い船は宮島松大観光船。
【船内】1F船室はバリアフリーのラウンジ室、2Fは通常客室、3Fは展望客室になっている。
【フェリーから宮島を望む】宮島口を出発すると、数分で朱塗りの大鳥居が右手に見えてくる。
【大鳥居】海に浮かぶ厳島神社・大鳥居。
【フェリーから宮島桟橋を望む】宮島口から宮島へは10分ほどで到着する。
【みやじま丸】日本で最初の両頭双胴船型の小型電気推進旅客フェリー。
【宮島桟橋】JR連絡船、松大観光船共用のフエリーターミナル。
【宮島フエリー乗場】島内は徒歩での観光になる。桟橋内に観光案内所もあるので地図を貰うといい。
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広島 宮島 厳島神社

【宮島桟橋】宮島口から宮島へは10分ほどで到着する。厳島神社は瀬戸内海の島を背後にして、その入江の海のなかに木造建物が建ち並ぶ日本でも珍しい神社。社殿の主要部分は12世紀に造営されたが、その後焼失し1241年に再建された。
【案内図】本社を中心に、客(まろうど)神社・天神社などの各社が配置され、その間に朝座屋・高舞台・能舞台などがある。桟橋から神社までは海岸線を歩いて10分。
【桟橋前広場】船を下りて宮島桟橋を出ると沢山の鹿が出迎えてくれる。
【五重塔】桧皮葺の屋根と朱塗りの柱や垂木のコントラストが美しい塔。
【豊国神社鳥居】豊国神社は元は千部経を読誦するための大経堂だったが、明治の神仏分離令により仏像は大願寺に遷され、秀吉公を祀る豊国神社となった。高さ10mの鳥居の先が御笠浜。
【大鳥居】海面にそびえる朱塗りの大鳥居は、奈良の大仏とほぼ同じ高さの16m、重量は約60t。主柱は樹齢500〜600年のクスノキの自然木で作られている。潮が引けば歩いて行ける。
【御笠浜から大鳥居を望む】表参道商店街を抜けて中連柱を過ぎた御笠浜からの眺め。浜には狛犬・石製鳥居・総燈明(108基の石燈)がある。
【厳島神社全景】海を敷地とした大胆で独創的な配置構成、平安時代の寝殿造りの粋を極めた建築美で知られる日本屈指の名社だ。
【拝観券売場】社殿が海にせり出すように築かれたのは、神をまつる島として崇められていた神聖な土地に建てるのを避けたためだと言われている。
【拝観入口】入口を入るとまず左手に客神社がある。客神社を過ぎて右手に曲がると本社がある。
【入口から社殿を望む】海に建つ木造建物として過酷な環境下にありながら、歴代政権の厚い庇護に支えられて古い様式を今日に伝えている。
【東廻廊】廻廊は幅4m、長さは約275m。床板の間に目透しという隙間があり、高潮の時に下から押しあがってくる海水の圧力を弱め海水や雨水を海へ流す役目を果たしている。
【東廻廊から大鳥居を望む】廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるように見える。
【東廻廊から客神社を望む】社殿は水上に立っており、回廊や橋で結ばれている。今は潮が満ちてないので陸地がむき出しになっている。
【本社本殿祓殿】繊細かつ華麗な切妻両流造りで、桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルの寝殿造りならではの様式が特徴。
【本社本殿拝殿】高舞台の奥に祓殿・拝殿・本殿と続いている。
【平舞台】寝殿造りの庭にあたる部分で、広さは約553平方m。前方には火焼前(ひたさき)と呼ばれる突き出た箇所がある。
【高舞台】本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし前後に階段をつけた舞台で、舞楽の舞台としては最小のもの。
【祓殿から能舞台・能楽屋を望む】国内でも唯一の海に浮かぶ能舞台。
【授与所】西廻廊にあるお札授与所。本社本殿の横に大国神社、天神社と並んでいる。
【天神社絵馬】菅原道真を祭神とする素木造りの天神社に奉納された絵馬。
【西廻廊】西廻廊を進むと右手に能舞台、左手に反橋があり、その先に出口がある。
【能舞台】海上にあるため能舞台の床下に置かれる共鳴用の甕(かめ)がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板になっているのが特徴。
【反橋】重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋とも呼ばれた。能舞台や反橋なども重要文化財となっている。
【西廻廊出口】檜皮葺き唐破風屋根の西廻廊出口。昔はこちらに船が着いたのでこちら側が入口であった名残だそうだ。
【大願寺】建仁年間(1201年)に僧了海が再興した真言宗の寺。現在残っている遺構は、元禄時代に建てられた山門と本堂のみ。
【後白河法皇御行幸松】西廻廊を出て桟橋に戻る途中の本殿裏辺りに展示されている。後白河法皇お手植えの松で、触ればご利益があるそうだ。
【厳島神社・宝蔵】宝物館ができるまで、国宝平家納経をはじめとする神社の宝物が収蔵されていた。校倉造りとしては最古の建物。
【豊国神社五重塔】千畳閣の隣に建つ高さ27.6mの五重塔は、和様と唐様を巧みに調和させた建築様式で1407年(応永14年)に創建された。檜皮葺の丹塗り、屋根の反りが大きい独創的な構造だ。
【豊国神社千畳閣】本瓦葺き入母屋造の島内で最も大きな建物で、畳857畳分の広さがあることから千畳閣と呼ばれている。
【大杓子】杓子発祥の地である宮島のシンボルとして、郵便局の隣に展示されている長さ7.7m、最大幅2.7m、重さ2.5tの樹齢270年のケヤキから作られた世界一の大杓子。
【表参道商店街】土産物店・食事処・旅館など約60軒が左右に並んで約350m続く宮島で最も賑やかな商店街。土産物店には、もみじまんじゅうや宮島杓子など様々な土産物が並んでいる。
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広島 岩国 錦帯橋

【河川敷から見た錦帯橋】錦帯橋は五連のアーチ橋が特徴の木造橋。日本三名橋や日本三大奇橋に数えられている日本を代表する橋。1922年(大正11年) には国の名勝に指定されている。
【河川敷駐車場】付近に駐車場は無いので、河川敷に有る駐車場に停めるといい。普通車は無料。右端の階段を登った所が料金所。
【料金所】入橋料300円。下を流れる錦川や連なる城山を背景に、春は桜に埋もれ、夏は花火に映え、そして紅葉に染まる秋、やがて白く薄化粧をする冬と四季折々に美しい風情がある。
【第一橋から第二橋をみる】川幅約200mの河川内に4つの橋台を持つ5連の木造橋で、中央3連がアーチ橋、両端が桁橋構造を持つ反り橋となっている。
【第二橋アーチ橋】橋の全長193.3m、幅5m、橋台の高さ6.64m。アーチ橋は階段に成っていて、長さはアーチ橋が35.1m、桁橋は34.8m。
【第三橋の橋台】水流に対して流線型をした橋台は水の圧力を軽減する効果がある。錦帯橋で唯一創建時の部材が残っている箇所と言われている。
【第二橋の橋裏】錦川の河原から錦帯橋の裏面を見上げると、精緻な組木を巻金と鎹(かすがい)で補強したダイナミックな構造美を見ることができる。
【第一橋の橋脚】桁橋の橋杭には本来のマツに代え、腐りにくい青森産のヒバが使われている。
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2009年11月10日

山口 美祢 秋吉台

【案内図】秋吉台は、太古の昔は海だった日本最大のカルスト(石灰岩の)台地で国定公園及び特別天然記念物の指定を受けている。
【駐車場】秋吉台カルスト展望台の駐車場に車をとめる。石灰石の岩肌が露出するラピエ、月のクレーターのような凹地のドリーネやウバーレ、ポリエなどがあり、異国的な雰囲気をかもしだしている。
【カルスト台展望台】秋吉台の一面の草原風景を見渡すことができる。秋吉台カルスト展望台の2階展望部は円形となり、360度の大パノラマを堪能できる。車椅子用のスロープも整備し、障害者も利用できるようになっている。
【秋吉台の石碑】3億5千万年ほど昔、海底火山の海面近くにサンゴ礁が形成され厚い石灰岩層ができた。その後、石灰岩層は隆起して地表に現れ、雨水により侵食され鍾乳洞やドリーネとよばれる窪地が数多く形成され、カルスト地形となった。
【展望台から左方向を望む】羊の群れのような白い石灰岩が無数に点在する。
【展望台から右方向を望む】秋吉台を縦断するドライブルートがカルストロード。
【妙見原】枯れた草だけが広がる台地。小高い丘に上がれば、広大なカルスト台地が一望できる。
【若竹山】解放感あふれる広大なカルストの景色と草原が広がる。
【秋吉台自然研究路】展望台から少し歩いたところ。石灰岩の岩肌が露出するラピエ。
【秋吉台自然研究路】さらに進むと、草原がどこまでも続き、その広々とした眺めはまさに爽快。
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山口 美祢 秋芳洞・黒谷支洞

【秋芳洞エレベーター口】秋芳洞は秋吉台の地下100-200mにある日本最大規模の鍾乳洞。入口は正面口、エレベーター口、黒谷口の3ヵ所ある。エレベーター口、黒谷口には駐車場が整備されているが、正面口は秋芳洞観光センターから徒歩400m。
【洞内エレベーター乗降口】秋吉台と秋芳洞を結ぶエレベーターから秋芳洞へ入ると、秋芳洞正面口から700m、黒谷口から300mの地点に下りる。約1kmの見学路を40分〜1時間で見学する。
【黒谷支洞案内図】支洞には、石英華の滝や、巌窟王、龍の抜穴、クラゲの滝のぼり、五月雨御殿、マリア観音が見れる。鍾乳石が1cm成長するのには約70年、石筍は130年かかる。
【主洞案内図】皿を段々に敷き詰めたような百枚皿、黄金柱といわれる石灰華柱など見どころが多い。場所の違いにより形が変わり、形の違いから鍾乳石、石筍、石柱、リムストーン(畦石)、フローストーン(流れ石)、石灰華などと呼ばれている。
【秋芳洞正面口】3億年の昔、海の中で誕生した珊瑚礁が地殻変動によって陸上化。地下で石灰化した珊瑚礁が長い間に地下水に溶けて洞窟となった。
【洞内より正面口を望む】周囲の空気が冷たく外が眩しいちょっと幻想的な空間。洞内には多量の地下水が流れているため現在も侵食溶解が生じている。
【竜ヶ淵・長淵】幅約15m、長さ100mの地下川。上方約10mに数万年前の川の跡を示す岩棚がある。流れの下には窪みや石灰岩が転がっている。
【青天井】高さは約30m、幅は約50mあり、入口から差し込む外光が、洞内を流れる川に反射して天井が青く見えることから名付けられた。
【百枚皿】世界的にも知られている一群のリムストーン(石灰分が沈殿して固まったもの)池からなる石灰華段丘。皿の数は500枚を超え、4mの直径のものもある。
【洞内富士】直径約5mの洞内最大の巨大石灰柱。天井から粘土などが流れ落ち石灰華で固められた。下部はフローストーンで裾広がりとなり富士山のようなスロープをつくっている
【大松茸】キノコ型をしたフローストーン。松茸を巨大にしたように見える。
【傘づくし】昔の傘屋のように、天井から沢山の鍾乳石が傘のようにぶら下がっている。
【千町田】千枚もの田んぼと命名された千町田(ちまちだ)は、石灰華で縁どられた階段状の池。
【大黒柱】鍾乳石と石筍がつながって、天井を支えているかのような石柱をつくっている。
【空滝】岩が水に溶けて岩肌をつたううちに徐々に付着して出来たフローストーンの滝。水が流れていないのに滝のように見える空滝。
【千畳敷】幅90m、長さ120m、高低差35mの巨大な洞内空間。見学路は数万年前に生じた大規模な落盤層の上を登っている。
【黄金柱】大自然の巨大な芸術品、黄金柱(こがねばしら)は秋芳洞のシンボル、高さ約15m、幅4mの巨大な石灰華柱。岩天井から流れでた地下水が、岩壁を伝いその部分へ石灰分が付着し、何万年もの長い年月をかけ巨大な柱を築き上げたもの。秋芳洞内での記念撮影の定番ポイント。
【蘇鉄岩】黄金柱の隣にある岩壁から幅2メートルほどの円形にせり出してきた蘇鉄岩。岩や崖の表面が流れ落ちた炭酸カルシウムでコーティングされ、特徴ある形になったもの。
【黒谷支洞】黄金柱から先に進むと黒谷支洞に入る。それまでの広々した感じから一転、横幅の狭い洞窟になる。
【巌窟王】高さ8mの巨大石筍。たった一滴の水滴から造られる石筍が見事。
【石英華の滝】地下水に含まれる炭酸カルシウムが流れに沿って結晶となり、凍りついた滝のような形状に固まった見事な石英華。石英華とは炭酸カルシウムを含んだ水が壁やすでに造られた鍾乳石の上を流れながら結晶化したもの。
【クラゲの滝のぼり】くらげそっくりの岩壁で、自然の造形の不思議さに驚く。
【五月雨御殿】無数の鍾乳石が天井から下がっている大空間。上から絶えず地下水が降ってくるのでそういう名前がついている。
【マリア観音】通路中央にある巨大な石筍。聖母マリアがキリストを抱き上げたかのような姿。
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山口 下関 唐戸市場

【唐戸市場】唐戸市場は下関・唐戸桟橋近くにある大正時代からつづく歴史のある市場。仲卸と小売に加え、他市場には見られない地元漁師による採り立ての魚の直売、農産物の直売所などあらゆる食材を取り揃えた総合食料品センター。
【市場全景】市場内の様子を一望できる見学デッキや屋上芝生広場、水産加工品の小売店、食堂、喫茶店もある。ふぐの市場はもとよりタイやハマチの市場としても有名で、豊富な食材とその活気から、関門の台所と呼ばれている。
【市場1階】金土日祝日には、唐戸市場の1階が「活きいき馬関街」海鮮屋台街に大変身。新鮮な食材を使った握り寿司や味噌汁、ふく刺し、から揚げ、ウニ丼、海鮮丼など品数も豊富。
【2階見学デッキから市場を望む】市場では朝4時にセリが始まり、この時間にいくと名物“袋セリ”の見学ができる。朝5時〜7時は活きのよい魚が最も豊富で、一番にぎわう時間帯だ。
【カモンワーフ】市場に隣接するボードウォークにはレストランや土産物店が並ぶ複合商業施設カモンワーフがある。3Fのスカイガーデンからの関門海峡の眺めもお勧め。カモンワーフの先に下関水族館(海響館)があり大型駐車場がある。
 
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山口 下関 関門橋

【関門海峡】車で関門海峡を渡るには、関門橋、関門トンネルの2つがある。関門橋は山口県下関市と福岡県北九州市門司区の間の関門海峡を跨ぐ道路橋。関門海峡にかかる唯一の橋で、中国九州自動車道が通っている。
【関門海峡】鳴門海峡、来島海峡についで3番目に海流の速い、最狭幅約650mの、1日約600隻の船が航行する海峡。この日は関門トンネルが工事通行止めだったので、関門橋(下関IC〜門司IC)を150円(通常は600円)で通行できた。
【関門橋】全長1068m、桁下の高さは61mで、1973年(昭和48)に竣工された吊り橋。夜間はライトアップされ、幻想的な景色を目にすることができる。激しい流れの海にどっしり構える関門橋
 
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2009年11月21日

島根 大田 石見銀山

【石見銀山世界遺産センター】石見銀山遺跡とその文化的景観は2007年7月に世界遺産に登録された。遺跡には町並み地区、銀山地区、石銀地区の3エリアがある。パーク&ライド方式の交通規制が実施されていてここから路線バスで石見銀山地内に入る。
【石見銀山公園】町並み地区、銀山地区の拠点。町並み地区は石見銀山の政治経済の中心地で武家や商家、社寺仏閣が建ち並ぶ。銀山地区はかっての銀生産の中心地、600を超える間歩(坑道)の跡が点在し往時の繁栄ぶりをしのばせる。
【大田市観光協会】公園内の観光案内所。観光協会、無料ガイドの受付、土産品店などがある。石見銀山公園〜龍源寺間歩まで約2.3km徒歩45分。
【銀山地区案内図】龍源寺間歩までは旧バス通りの舗装道(バス運行は2009年10月廃止)と、林道を歩く遊歩道の2ルートがある。
【駐車場】石見銀山公園から先は自然環境配慮のため乗用車乗り入れ禁止だが、大田市観光協会で通行証をもらえばここまで車でこれる。ここから龍源寺間歩入口までは約1km徒歩20分ほど。
【銀山遊歩道合流点】駐車場から10分ほど歩くと銀山遊歩道との合流点にでる。階段の先が銀山遊歩道。綺麗な紅葉の中の散策は風情がある。
【龍源寺間歩へ向かう道】なだらかな登りの木陰の中を、遺跡が周囲の自然に溶け込みながら残っている。
【福神山間歩】間歩の多くは幕府直轄だが、中には山師個人が所有する「個人山」と呼ばれる間歩もあった。道沿いにある福神山間歩も個人山の1つ。
【銀山茶屋】途中にある茶屋。食事の他、団子(300円)やサツマイモの小さな角切りを揚げたいも小判などが食せる。
【龍源寺間歩出口合流点】さらに歩いて行くと道が分岐する。左は龍源寺間歩出口からの戻り、まっすぐ行くとあと300mで龍源寺間歩入口だ。
【高橋家あたりの道】町並み地区では古い家並みが見られるが山の奥の方に入るに従って家が見られなくなる。そこに古い屋敷が現れる。
【高橋家】唯一残っている山組頭の遺宅。茶室を設け酒造りも行っていたという。山組頭は鉱山の取締役で坑夫の人事や物資の購入などを監督した。
【龍源寺間歩案内所】高橋家の先には龍源寺間歩の案内所が見える。現在一般公開されているのは龍源寺間歩だけである。入場料400円。
【龍源寺間歩入口】江戸時代初期に開発され、永久・大久保・新切・新横相の間歩とともに「五ヵ山」と称される大坑道だ。
【坑口】草に覆われた龍源寺間歩の坑口。四ツ留と呼ぶ坑木を組み合わせて坑口としている。
【坑口あたりの坑道】間歩は全長約600m。このうち見学できるのは入口から160mの地点まで。
【ひ押し坑】内部は鉱脈に沿って掘り進んだ20余りのひ押し坑や、垂直に100mも掘られた立坑が見られる。
【ひ押し坑】坑道内の壁面には当時のノミの跡がそのまま残っており、当時の採掘の様子が伝わってくる。
【中間あたりの坑道】坑道は高さ1.6〜2m、幅0.9〜1.5mで、採掘と同時に鉱石運搬の幹線坑道としても使われた。
【立坑】中央の落下防止柵で蓋をされている立坑は排水坑で間歩に溜まった水を約100m下の永久坑道へ排水したといわれている。
【栃畑谷新坑分岐点】入口160mの地点から古い坑道と栃畑谷に抜ける観光坑道(栃畑谷新坑116m)を新設して通り抜けできるようになっている。
【栃畑谷新坑】分岐点を左へ鍵状に曲がると栃畑谷新坑の上り坂になる。
【石見銀山絵巻】栃畑谷新坑出口付近には石見銀山絵巻の電照板が展示してあり、当時の銀山の様子を伺い知ることができる。
【栃畑谷新坑出口】間歩内は一方通行になっていてこちらは出口専用となっている。
【栃畑谷案内所】新坑出口には休憩所が整備され、その先には栃畑谷案内所がある。
【銀鉱石】栃畑谷案内所前に飾られている銀鉱石の標本。16世紀後半から17世紀前半にかけての日本は東アジア随一の金、銀、銅の採掘地域だった。
【間歩跡】栃畑谷案内所傍にある間歩番号517(左)と518(右)の間歩跡。山肌に口をあけた間歩の様子。
【香り本舗中村屋】龍源寺間歩の出口を出て100m程下るとある店。地元に生息する香木クロモジを可愛い巾着に入れた香り袋を手作り販売している。
【銀の里工房】香り本舗中村屋と同じ棟屋には両替屋石州堂・銀の里工房があり、銀細工づくりの見学や実際に銀細工づくりを体験する事もできる。
【石州判銀】工房では、まぼろしの貨幣と言われる石州判銀の純銀レプリカを昔ながらの製法で手作り販売している。
【佐毘売山神社】佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)は石見銀山の中に鎮座する神社。今も地元では「山神(さんじん)さん」と呼ばれ親しまれている。100段の石段を上ると広い境内に、山神社としては最大級の社殿が重厚な姿を見せる。
【佐毘売山神社あたりの林道】佐毘売山神社周辺にある小径で、木々の間からこぼれる木漏れ日の中散策すると、あちらこちらの住居跡の石垣に往時の銀山の繁栄がしのばれる。
【ベロタクシー】大田市観光協会(銀山公園)〜龍源寺間歩を運行する2人乗りの電動アシストモーター付自転車タクシー。足の不自由な人やお年寄りの人には便利だ。
【吉岡出雲墓・旧極楽寺登り口】大久保石見守に仕え代官として石見銀山はもとより伊豆、佐渡金銀山の開発に功績を上げた吉岡出雲の墓が旧極楽寺境内にある。
【銀山遊歩道分岐点休憩所】帰りは小川をはさんで舗装道の向こう側を走る銀山遊歩道を散策しながら帰る。遊歩道沿いには所々に古い民家が建ち、いかにも旧道という雰囲気が感じられる。
【清水寺山門】清水寺(せいすいじ)は創建当初は仙ノ山の頂上(石銀地区)にあったがその後清水谷に移転。明治11年に現在の地に移転した。銀山開発の歴史と深い関わりをもつ寺である。
【清水寺前休憩所】休憩所前に広い駐車スペースとバス停があり先月までは路線バスでここまでこられたらしい。
【休憩所内部】バス待合所も兼ねていたのか休憩所内は広くゆっくりくつろげる。
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島根 大田 羅漢寺五百羅漢

【羅漢寺】五百羅漢で有名な羅漢寺は真言宗の寺。18世紀半ばに石見銀山で働く人たちの安全祈願と亡くなった人々の供養のために25年の歳月をかけて作られた。名水三百水が湧く寺としても有名。
【本堂】本尊は阿弥陀如来。羅漢とはサンスクリット語で悟りを得た人という意味。仏陀入滅後第1回の仏典結集に集まった500人の弟子を五百羅漢と称し尊敬した。
【山門】羅漢寺正面の階段を上がり右手の拝観受付窓口で拝観料(500円)を払う。五百羅漢と羅漢寺が参拝できる。
【五百羅漢】道路沿いに流れる銀山川に福光石の反り橋が架かっており、その向こう側に岩山を掘り込んだ3つの石窟がある。
【反り橋】福光石を15枚組み合わせて作られた3基の橋。石窟の前を流れる銀山川に架かっていて当時のまま現在に至っている。
【中央窟】石造釈迦如来を中尊として、脇侍として左に文殊菩薩、右に普賢菩薩が安置されている。
【右窟】高さ約40cm前後の福光石の羅漢座像が左右両窟にそれぞれ250体づつ501体安置されている。
【左窟】さまざまな表情をした多くの羅漢像が祀られており独特の雰囲気をかもし出し、必ず自分と似たものがあるとされている。
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島根 出雲 出雲大社

【案内図】宍道湖の西岸に開け出雲神話の中心地である縁結びの出雲大社。祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。神在月(神無月)には全国から八百萬の神々が集まり神議が行われるという。
【大鳥居】宇迦橋のたもとに高大にそびえ立つ大鳥居は高さ23.5m柱の周囲6m、額面は畳6畳敷もある。大鳥居と松並木は出雲大社の門前にふさわしい景観。
【祓橋】出雲大社大駐車場から出雲大社の神苑を横切って流れる素鵞川に架かる祓橋を渡り松並木の参道へ入る。
【松並木の参道】祓橋から境内まで続く樹齢数百年の松並木の参道。真中と両側、参道が松並木によって3つに分かれている。昔は中央の参道は皇族や勅使が通る道とされ、一般には通行ができなかった。
【貴賓館】もうすぐ境内入口というところで、左手(西側)に勅使館(貴賓館)が右手の社務所と並んで建っているのが見える。
【ご慈愛の御神像】勅使館と手水舎の間に見えるのが、因幡の白兎で有名な大国主神と兎の像。
【手水舎】境内入口にある俗界の穢れを落とす手水舎がある。
【銅鳥居】出雲大社の神域の荒垣正門に立つ、高さ約6m柱直径52cmの銅鳥居は中央が膨らむエンタシス様式で1666年毛利輝元の孫綱広が寄進したもの。
【境内図】境内には本殿を中心に拝殿、摂社8社、末社3社、文庫、宝庫、彰古館などが立ち並ぶ。現在は平成の大遷宮中のため拝殿は御仮殿(仮の御本殿)となっている。
【境内】銅鳥居建立当時と位置が変わっていないそうだ。正式の参拝は銅鳥居から入り、出る時もここからとされている。
【拝殿】正面に南面して建つ拝殿は檜造りで高さ13.5m。旧拝殿は1667年(寛文7)の創建だが1953年(昭和28)の火災で焼失した。現在の拝殿は1959年(昭和34)に再建されたもの。
【工事中の本殿】平成の大遷宮で本殿は工事幕で覆われ外観は見ることができない。本殿裏側も工事立入禁止になっていた。
【八足門】拝殿を右に回ると八足門(やつあしもん)がある。一般の参拝はこの八足門までだ。
【八足門の彫刻】蛙股の瑞獣や鴨居の流麗な流水紋などの彫刻は左甚五郎の作と伝えられる。
【仮拝殿】拝殿が仮本殿になっているので仮拝殿が新設されている。仮拝殿では祈祷も行われる。
【西廻廊・門神社】廻廊八足門内の両側にあって本殿を守護する門神社(もんじんのやしろ)。
【御奉賛受付所】平成25年完成予定の平成の大遷宮の寄付受付所。受付所は境内あちこちに設けられている。
【仮御守所】おみくじ、絵馬、御守などの授与所。八足門西の御守所が御奉賛受付所も兼ねているので仮に造ったのだろう。
【神馬神牛像】銅鳥居と庁舎の中間に銅製の神馬と神牛が祀ってある。子宝を授かる安産の神様として知られている。
【絵馬掛け所】境内には絵馬を奉納する絵馬掛け所がある。
【東十九社】釜社側からみた東十九社。神在祭の間(旧暦10/11〜17)集われた全国各地の神々(八百萬神)の宿所となる社。通常は八百萬神の遙拝所となる。
【釜社】釜社(かまのやしろ)は保食神(うけもちのかみ)ともよばれ、食物全般にわたっての主宰神だ。奥に東十九社が見える。
【西十九社】十九社は本殿を挟んで東西に2つある。こちらは氏社側からみた西十九社。手前は出雲氏初代の宮向宿彌を祀る氏社。その子孫は出雲大社宮司家として連綿と続き今日に至っている。
【氏社】氏社(うじのやしろ)は2社並んでいてこちらは北側の出雲国造の始祖、天照大神の第二子天穂日命(あめのほひのみこと)を祀る氏社。
【彰古館】1914年(大正3)の建造で、宝物殿ができる前は、文庫の古文書や宝物を収蔵展示していた。 今は1階には大黒・恵比寿像が、2階には出雲大社の信仰に関する資料が展示されている。
【神楽殿への橋】境内を西の門から出て川を渡ったところに神楽殿がある。
【神楽殿】本殿と同じように朝夕のお祭りの他、御神楽や御祈祷、結婚式が行われる。
【大注連縄】注連縄(しめなわ)は長さ13m、周囲9m、重さ5tの巨大なもの。
【神楽殿内部】現在の建築は昭和56年に新築され、その大広間は270畳敷きの広さをほこる。この日は丁度結婚式が行われていた。
【出雲国造千家館】出雲大社の祭祀者である出雲国造家千家の家。
【さざれ石】国歌で歌われているさざれ石。長い年月の間に溶解した石灰石が多くの小石を結集して次第に大きく成長したもの。
【駐車場から神楽殿を望む】巨大な国旗掲揚塔に驚かされる。左の建物は結婚式場のおくにがえり会館。
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島根 安来 足立美術館

【足立美術館】昭和45年秋に島根県安来市に開館した日本庭園と近代日本画を鑑賞できる私立美術館。横山大観をはじめとする近代日本画と、陶芸、彫刻、蒔絵、童画などの魅力的なコレクションの数々と出雲の国の自然を借景に、四季折々の表情を醸し出す5万坪の日本庭園で有名。
【館内案内図】質量ともに日本一として知られる大観の作品は総数130点にのぼり、足立コレクションの柱となっている。大観のほかにも、竹内栖鳳、橋本関雪、川合玉堂、上村松園ら近代日本画壇の巨匠たちの作品のほか、北大路魯山人、河井寛次郎の陶芸、林義雄、鈴木寿雄らの童画、平櫛田中の木彫なども収蔵している。
【受付】足立美術館のもう一つの特色は、その広大な日本庭園である。庭園は「枯山水庭」「白砂青松庭」「苔庭」「池庭」など6つに分かれ、面積5万坪に及ぶ。入場料2200円。
【工芸品展示通路】入館して通路を進むと、まず工芸品の展示コーナが目に入る。さらに通路を進むと苔庭テラスがあり、ここから苔庭にでることができる。
【苔庭テラス】米国の日本庭園専門誌の日本庭園ランキングで2003年から2009年まで7年連続で庭園日本一に選出されている。またミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで三つ星(必見)を獲得している。
【苔庭】杉苔と赤松を主体として作られた京風の雅な庭園。林立する赤松の隙間から見える海鼠壁の重厚な雰囲気が印象的。
【生の額絵】目の前のガラス張りの空間から広がる苔庭。まるで大きな額で切り取られた立体絵画のようだ。
【寿立庵】苔庭がある通路をはさんで左側に茶室寿立庵がある。御茶席は有料(抹茶と拝観料で1500円)となっている。
【寿立庵の庭】この美術館には茶室と喫茶室が2つずつあって、それぞれ異なる景色が眺められる。石庭の手前に広がる苔庭。
【生の額絵】所々にこの窓のように窓枠を額縁に見立てて庭園を眺められるスポットがあり、足立美術館の名物の一つとして人気になっている。
【寿立庵の紅葉】夕日に映える紅葉は幻想的だ。
【寿立庵の庭】寿立庵の土壁の前には石庭が造られている。
【ロビー】苔庭テラスの先にあるロビーの壁には絵画が飾られ、窓際にはベンチが設けられ、前に広がる庭園を心いくまでゆっくり鑑賞できる。
【ロビー】全面ガラス張りのロビー。庭園の色彩や光のコントラストは季節や日々の時間により刻々と変化する。
【枯山水庭】ロビーより眺める枯山水庭。遠景の勝山を借景とし中景・近景を水を使わずに石の組み合わせや地形の高低だけで山水の趣を表す。春のつつじ、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と四季の風情を楽しめる。
【枯山水庭】画面中央に配置されている三つの立石は、峻厳なる山をあらわし、そこから注ぎ込まれた水が渓流となり、大河となって流れ行く様を表現している。
【枯山水庭】立石と背丈の低い松に、まるく刈り取られた樹木の調和が美しい。
【枯山水庭】庭園内に広がる美しい風景はいつまでも見続けていても飽きが来ない。
【生の額絵】額縁の窓枠を通して見た枯山水庭。ちょうどガラス窓が絵の額縁の役割を果たし、まさに巨大な立体画を眺めているような気分になる。
【2F生の額絵】2階の同じアングルから見た枯山水庭。
【白砂青松庭】白砂青松庭は横山大観の名作「白沙青松」を日本庭園で細密に表現されており、白砂と松のコントラストがとても印象的。
【亀鶴の滝】大観の水墨画をイメージし人工で作られた高さ15mの亀鶴の滝。滝口から勢いよく流れ落ちる水の躍動感が雄大な景色と共に感じられる。
【喫茶室翠前の通路】喫茶室翠の壁には童画が展示され、喫茶室翠では枯山水庭を望みながら香り高いコーヒーや紅茶を楽しめる(1000円)。
【池庭への庭園通路】喫茶室翠の先、喫茶室大観の横に池庭へ続くアプローチがある。
【池庭】池庭は、池に架かる石橋、配置されている石、樹木の大きさや向きなど、どの方向からでも観賞できるように作庭されている。
【生の掛軸】床の間の壁をくりぬき一枚の掛け軸のような庭園絵画が鑑賞できる。白砂青松庭に面した側には寿楽庵(抹茶+茶菓子800円)があり壁に開けられた長四角の2つの窓が生の掛軸双幅対になってる。
【生の衝立】生の掛軸の奥の部屋では生の衝立がみられる。館内から見るこの庭園絵画は、よく見るとあたかも一枚の衝立が立ってるように見える。
【横山大観特別展示室】2階展示室にある横山大観特別展示室。大観のコレクションは130点にものぼり、テーマに合わせ年4回展示替えをし常時20点を展示公開してる。
【北大路魯山人室】入り口近くにある陶芸館の北大路魯山人室。料理を中心に書、絵画、陶芸など多彩な才能で美の世界を創りあげた北大路魯山人の作品から40点を年4回展示替えをし公開してる。
【ミュージアムショップ】受付横にある売店。横山大観をはじめとする館蔵品の複製色紙や絵葉書、童画のハンカチなどのミュージアムグッズを販売している。
【ミュージアムグッズ】販売されている大観の色紙セット(左6400円、右5300円)と色紙掛(2950円)けに掛けられた掛け軸。
【出口】横山大観の群青に彩られた流水に真紅の紅葉を描いて、秋の清冽な自然を表現している「紅葉」のレプリカが飾ってある。実物は秋限定公開。
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2009年11月22日

鳥取 鳥取 鳥取砂丘

【市営駐車場】鳥取砂丘は鳥取市の日本海海岸に広がる広大な砂礫地で代表的な海岸砂丘。南北2.4km、東西16km、最大高低差90mに広がる日本三大砂丘の1つである。
【案内図】鳥取砂丘には、3本の砂丘列が日本海とほぼ平行に走っている。海側から第一、第二、第三砂丘列と呼はれている。
【鳥取砂丘の碑】市営駐車場から砂丘入口階段へ向かう途中にある国立公園鳥取砂丘の石碑。
【砂丘入口への階段】レストハウスやみやげ店が軒を連ねる市営駐車場の裏が砂丘入口となっている。
【階段より駐車場を望む】頂上から駐車場、砂丘会館を望む。
【砂丘入口】砂丘入口は第三砂丘列の上にある。砂嵐対策のための堆砂垣が設置されている。
【砂丘全景】砂丘入口から左方向を望む。馬の背端の砂簾(されん)、長者ヶ庭とさらにその向こうの海岸沿いに第一砂丘列が見える。
【砂丘全景】砂丘入口から右方向を望む。馬の背の最高峰、すりばちが見えるが水はなくオアシスにはなってない。
【馬の背】起伏量日本一(48m)の砂丘の最高峰馬の背(第二砂丘列)まで登れば、雄大な砂丘と日本海、美しく湾曲する海岸線が一望できる360度の大パノラマ。
【すりばち】その様が擂り鉢に似た砂丘に見られる大きな凹地。最も深いところでは40mにも達する。すりばちの下には時期によって大きな水溜りができ、雨量や季節によって水深も変化する。これを鳥取砂丘の「オアシス」とも呼んでいる。
【砂簾】砂簾(されん)とは砂粒が砂丘の急斜面を滑り落ち、その形が遠くから見ると「すだれ」のようであることからこの名がある。
【長者ヶ庭】鳥取砂丘の火山灰が露出する長者ヶ庭。
【第一砂丘列】馬の背(第二砂丘列)の向こう、海岸沿いに見える第一砂丘列。
【第三砂丘列】馬の背(第二砂丘列)から第三砂丘列を望む。
【馬の背頂上】朝8時前だったので人影は少ないが、海岸目指して大きな砂山を登っている人の大きさが豆粒のように小さい。
【馬の背側面】風が無かったので風紋は見ることができなかった。風紋を見るのは誰も足を踏み入れていない早朝に探すのがいいみたい。
【馬の背頂上から右方向を望む】砂山を登りきると、そこには日本海が。荒波が断崖に打ち寄せるイメージが強い日本海だが、ここは穏やかな青い海たった。
【馬の背稜線から頂上を望む】風紋は砂のさざ波ともいわれ、風速5〜6mの風が乾いた砂丘を吹き抜けるときにできる。特に早朝や夕方の風紋は素晴らしいの一語に尽きるらしい。
【砂丘会館】砂丘会館は、鳥取砂丘の遊覧に一番便利で近い位置にある大型のドライブイン。
【売店】鳥取の名産品をたくさんとり揃えた売店と郷土色豊かな食事ができる大食堂がある。
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鳥取 鳥取 白兎神社

【白兎神社】白兎海岸に面する白兎神社の一ノ鳥居。背後の山は神社の鎮座地である身干山。境内には白兎が体を洗ったとされる御身洗池がある。
【大国主命と因幡の白兎】鳥居の前の道の駅には古事記の因幡の白兎にちなんだ大国主命と因幡の白兎の像がある。
【参道】階段を登り参道を進み、鳥居をくぐって境内へと向かう。
【拝殿】白兔神を主祭神とし保食神を配祀する。その説話の内容から皮膚病に霊験のある神として、また大国主命と八上姫神との婚姻を取り持ったことから縁結びの神様として知られている。
【明け方の白兎海岸】近くには国道9号を挟んで神話の舞台となった白兎海岸があり、その沖には白兎がいたとされる淤岐島がある。
【淤岐島】歩道橋の上から淤岐島を望む。岩場の頂上に鳥居が建っているのが見える。
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鳥取 倉吉 白壁土蔵群と赤瓦館

【案内図】玉川沿いに並ぶ白壁土蔵群は江戸、明治期に建てられた建物が多く、今でも当時の面影を見ることができる。
【白壁土蔵群】玉川に架けられた石橋や、赤瓦に白い漆喰壁に黒の焼き杉板の落ちついた街並みを歩くと、時間がゆっくり流れていくのが感じられる。
【赤瓦二号館(左)】元帥酒造の酒蔵として使われていた建物は、桐下駄と手作りの郷土玩具の工房になっている。倉吉に伝わる張り子の「はこた人形」は子供の厄除けのお守りだが今ではお土産として人気。手前の入口は手作りの小物・絵ハガキ、食品を販売している赤瓦十二号館(久和)。
【赤瓦一号館】赤瓦館では、こだわりの店やギャラリー、郷土玩具の工房など十の蔵から成り土産などの買い物やイベントや体験などを楽しめる。大正時代に建てられた古い大きな醤油屋のもろみ工場だった一号館には、1・2階ともこだわりのショップが並んでいる。
【店内】各種倉吉特産品をはじめ、手作りアクセサリー・ちりめん細工の販売の店、喫茶など、モダンな空間が広がる。
【赤瓦五号館(久楽)】1階は民芸品のショップで地元作家の作品を中心に販売している。2階は喫茶で、石うすで豆をひいてつぶ小豆を入れた石うすコーヒーを飲みながら、ゆったりとした時間を過ごせる。
【大蓮寺交差点から新町を望む】風情のある倉吉の風景はつい時を忘れのんびりと過ごしたくなる。
【東仲町の街並み】東仲町を抜け県道313にでて琴桜・赤瓦観光駐車場に戻る。
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2010年10月19日

岡山 井原 備中神楽

岡山県の備中地方を中心に郷土芸能として行われている、7年に一度の荒神社式年祭に招待され、国指定重要無形民俗文化財の備中神楽を楽しむ。夜9時から神殿祭典・猿田彦の舞い・天岩戸開き・国譲り・玉藻の前・五行・大蛇退治・綱舞い託宣と続き、翌朝8時30分の千秋楽です。
【神殿祭典】榊舞で一切を清めた後、荒神をはじめ、八百の神々を勧誘し、鎮座を願う白蓋神事(びゃっかいしんじ)。千道(ちみち)を八方に張る荒神式年祭での重要行事。神殿への動座を促し、千道を白蓋から多くの御幣に引いて鎮座を願う。
【神殿祭典】神殿中央へ吊り上げた白蓋を上下左右前後へと、あるいは静かに、あるいは激しく揺り動かす。紙吹雪が舞い、これは、カミ(紙すなわち神)が動いて降りてくる様子を表現している。
【猿田彦の舞い】猿田彦命は、天照大神の孫神の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、葦原中津国に天孫降臨する途中、先導した神である。備中神楽では、この神は先祓いの神として、神楽の初めの部分で舞われ、神楽全体の悪霊祓いの役を演じる。
【猿田彦の舞い(扇子の舞)】赤地に金銀を配色した鎧と鼻の高い面、白いシャグマ(馬の毛で作った頭髪)をかぶり、腰に刀をさし、両手に扇子をもって軽快に舞い出る。扇子の舞、剣の舞、長刀の舞と、力強く勇壮な荒舞が続く。
【猿田彦の舞い(剣の舞)】舞いには日本古来の武術の原型が組み込まれ各地に伝わる鬼剣舞に通じる。
【猿田彦の舞い(長刀の舞)】扇子と剣を自在に操り、激しく、軽快な舞が見所。
【天岩戸開き】天照大神が弟神、素戔鳴(すさのお)の命の悪行に怒り、天の岩屋の戸を閉じて、中にこもってしまった。このために高天原も葦原中津国も暗闇となる。慌てた諸神達が天の安河原に集まって一計を案じるところから神楽が始まる。
【天岩戸開き第一幕】天児屋(あめのこやね)の命と天太玉(あめのふとだま)の命の両神が舞い出して、思兼(おもいかね)の命を呼んで岩戸を開く方策を謀らせる。
【天岩戸開き第一幕】思兼の命の妙案は、天鈿女(あめのうずめ)の命が乱舞、その賑々しさに天照大神が岩屋の戸を少し開けたところを手力男の命が強力をもって引き開ける、おなじみの物語が展開する。
【天岩戸開き第二幕】その計略に基づいて天鈿女の命が華麗に舞い遊び、両神は岩戸に向かって祝詞(のりと)を奏上する。これが神楽の起源といわれている。
【天岩戸開き第三幕】手力男の命が登場し、太鼓たたきを相手に滑稽な仕草を交えて岩戸掛かりの準備が始まる。
【天岩戸開き第三幕】手力男の命は、大神より御鏡を授かり、幕(岩戸)を閉じる。御鏡は、天鈿女の命の手に渡り、手力男の命は、大神が再び御籠もりなきように岩戸に縄を張る。
【国譲り第二幕】出雲の国を司る大国主の命が、国土を高天原の勅使に献上するいきさつを説く神能。経津主(ふつぬし)・武甕槌(たけみかづち)の両勅使が地舞(第一幕)の後、大国主の命が登場。
【国譲り第二幕福の種】大国主の命が竈(かまど)巡りを舞い、観衆に「福の種」をまく。大国さまのまく「福の種」は縁起物として喜ばれる。
【国譲り第三幕第四幕】真夜中の1時なのに大勢の観衆が熱心に見物している。その後、高天原の両神と国譲りの口論(第三幕)となるが、稲脊脛(いなしはぎ)の命の仲裁で、息子の事代主(ことしろぬし)の命と相談し、国土献上を決意する(第四幕)。
【国譲り第五幕】ところが、もう一人の息子建御名方(たけみなかた)の命が国譲りに反対し、両神と激戦をくりひろげるが、力尽き、ついに降伏、国土奉献が完了する。急調子の太鼓に合わせた大立ち回りが見もの。
【玉藻前第一幕】皇室に伝わる三種の神器を奪おうと、唐土から来た老狐が女子に化け、鳥羽上皇の妃(玉藻前)となった。帝はその後、原因不明の病気となった。そこで有名な易者に相談に出向くところから物語が始まる。
【玉藻前第二幕】伊勢国に住む易者、安倍泰重が座して待つ。そこに、安倍泰近が帰宅した。先程の易者は、弟の安倍泰重である。安倍泰近は、弟の失礼を深く詫び、親家大臣治部太夫より詳細を聴き、改めて易をたてる。
【玉藻前第三幕】易の名手、安倍の泰近、泰重兄弟により野狐の祟りと判明。玉藻の前に疑いがかけられる。安倍泰近がさまざまな尋問を繰り返すが、なかなか正体を現さない。
【玉藻前第三幕】玉藻前は三種の神器の八咫鏡の上に扇を置いて飛び越しごまかすが、八咫鏡で照らされると、ついに白面金毛九尾の老狐の姿を現す。見破られた狐は、那須野が原さして落ち延びる。
【玉藻前第四幕】土地の豪族仁田四郎に、狐退治の命令が下り、家臣上総介と三浦介が登場。猟師二人が刀を鉄砲に見立てて、面白おかしい狐退治がはじまる。ついに老狐は退治され、狐の頭を二人で担いで退場して幕となる。
【五行】さすがに朝の5時ともなれば人影もまばら。五行思想にのっとり、天地万物のすべてが五つの要素からなると問答形式で説く神楽。万古大王と五人の王子と修者堅牢神(しゅうじゃけんろうじん)が登場する。四人の王子が神殿の四隅に着座。
【五行第三幕】万古大王は死期を悟り、四兄弟とまだ見ぬ五人目の子に天地万物を五つに分配すると告げる(第一幕)。四人の王子達は、五郎王子を弟だと認めようとせず問答が繰り広げられる(第二幕)。口論から取っ組み合いの大喧嘩になろうとした時、修者賢牢神が仲裁に分け出でる。
【五行第三幕】五郎王子は正当な弟であると認められ、五人の任務分担が無事完了となる。演芸というより、語り中心のもので、舞いだけでなくアドリブの話で観衆を涌かせる点が、演舞だけのお神楽とは備中神楽の違う所である。論争が激しいほど、荒神様のお気に召すとされた。
【大蛇退治第一幕】悪行の数々をはたらいたため高天原を追いやられた素戔嗚(すさのお)の命が、奇稲田姫(くしいなだひめ)を救うために、頭が八つ、尾が八つ、目は鏡のごとく照り輝き、背びれ、尾びれをたなびかせた、八岐大蛇を退治するお話。
【大蛇退治第四幕】素戔嗚の命の謀り事とは、奇毒酒を大蛇に与え酔い潰れた所を宝剣で退治する。酒造りの守護神松尾明神(まつのおみょうじん)のおどけた話芸をはさみ、室尾(むろのお)明神と木名玉(くしなたま)明神と共に酒八千石の醸造を行う。
【大蛇退治第五幕】素戔嗚の命のすさまじい大蛇退治がはじまった。胴経約四十センチ、長さ約十二メートルもある大蛇が、素戔嗚の命に襲い掛かる。大蛇が本当に生きているかのような、動きが見事。
【大蛇退治】素戔嗚の命は、ついに、大蛇の首をきりおとし、胴体から三種の神器の1つ、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を取り出し、姉の天照大神に奉げる。
【綱舞い託宣】荒神の使いとされる稲藁で作った蛇綱に、前の式年祭から後に生じた、新しい祖霊と産子が荒神入りと産子入りを願う行事。神主と蛇綱の問答の後、神殿上に蛇綱が持ち込まれ、東西に張り渡される。
【綱舞い託宣】その後、神がかりになった太夫に久満米(白米三合)で託宣を請う。夜を徹しての神楽で、荒神の御魂を安らげて鎮め、最後にその神の意を聞こうという神事。実に12時間に渡る長舞台だ。
(参考)備中神楽のお話 備中神楽神光社 備中神楽(式年祭)
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2010年10月20日

広島 鞆の浦 福禅寺対潮楼

【福禅寺】海岸山千手院福禅寺は、広島県福山市鞆町にある真言宗の寺院。境内は「朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内」として国の史跡に指定されている。崖の上のポニョの舞台との説が広がり人気を呼んだ港町鞆の浦の一番の眺望スポットでもある。
【福禅寺本堂】平安時代の950年頃、空也による創建と伝えられる。本堂と隣接する客殿(対潮楼)は江戸時代の元禄年間(1690年頃)に建立された。いろは丸事件の際、海援隊と紀州藩の交渉の場となったことでも有名。拝観料は200円。
【対潮楼】対潮楼から見る景色は、自然のカレンダーになっていて、窓の端は春分・秋分の日、中央は夏至と冬至に月と太陽がいて、春分と秋分の日に仙酔島の山の中央で、太陽と月が交差するように建築されているそうだ。
【弁天島・仙酔島】楼内より「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地)」を望む。座敷からの海の眺めは素晴らしく、窓枠が絵のフレームのよう。弁天堂の建つ弁天島と沖の大きな仙酔島の景色はとても美しく、心静かに瀬戸内を眺められる。
【弁財天・福寿堂】鞆の浦のシンボルの1つ、弁天島の弁財天福寿堂。もう1つは常夜燈。
【本堂】本尊千手観音は、長らく本堂の厨子に安置された秘仏。左に毘沙門天、右に不動明王が立つ。
【対潮楼の扁額】楼内には、通信使の墨跡を模刻した扁額がずらりと並ぶ。1711年朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一形勝」と賞賛。1748年には洪景海が客殿を「対潮楼」と名づけた書を残している。
【幕末維新の志士達】慶応元年(1865年)2月に撮影された、幕末の志士や龍馬とその仲間たちの写真。坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎(木戸孝允)、高杉晋作などが一堂に会している。
【市営渡船場】福山市営の仙酔島行きの渡船場(往復240円)。NHK大河ドラマ龍馬伝で有名になったいろは丸事件のいろは丸を模した渡し船が、放送開始の2010年1月に就航した。
【平成いろは丸】坂本龍馬が率いる海援隊が乗り込んだ蒸気船いろは丸を模した平成いろは丸。船内には龍馬の写真や古い操舵輪、コンパスも設置され、仙酔島までの短い航海を楽しめる。
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広島 鞆の浦 いろは丸展示館

【鞆の浦】広島県福山市鞆町にあり、崖の上のポニョの舞台として人気を呼んだ漁港。いろは丸沈没事件や足利尊氏挙兵の地、禁門の変の三条実美ら7人の「七卿落ち」など歴史的な人物とゆかりの大きい場所でもある。
【鞆の街並み】昔なつかしい港町の風情が残る鞆の浦。幕末〜昭和初期の古い街並みと石畳が、広範囲に渡ってそのまま残っている。右の白い建物の先には国重要文化財の鞆名産保命酒醸造元太田家(旧中村家)住宅がある。
【常夜燈】常夜燈は灯籠燈と呼ばれる江戸時代の灯台。海中の基礎から宝珠までの高さが11mあり、港の常夜燈としては日本一の大きさで、鞆の浦のシンボルとなっている。
【いろは丸展示館】海援隊の武器などを積載した蒸気船いろは丸が大阪へ航行中、紀州藩の軍艦明光丸と鞆の浦沖で衝突、幕末に起こったいろは丸沈没事件の概要を展示する博物館(200円)。
【入口】常夜燈のすぐ手前にあり「大蔵」と呼ばれる江戸時代築の土蔵(国の登録有形文化財)を利用している。
【館内案内図】近年の潜水調査で引き揚げられた石炭、滑車、古伊万里茶碗などの展示や沈没のようすを映像やジオラマで再現している。
【パネル展示】龍馬とその時代背景、当時の長崎港の風景・地図、龍馬の生家、龍馬の写真などをパネルを使って展示・解説。
【いろは丸の引き揚げ物】いろは丸より引き揚げられた積載の石炭、帆船の滑車や索具、古伊万里の茶碗、明り採りのガラス板、鉄材など多数展示。
【沈没状況のジオラマ】海底20mに今も眠るいろは丸の一部を実寸の70%で再現。海底20mに在るいろは丸沈没場所は、1990年2月に水中遺跡に指定されている。
【龍馬の隠れ部屋】2階には坂本龍馬の隠れ部屋、桝屋清右衛門宅2階が再現されている。紀州藩の暗殺を恐れて、龍馬は廻船問屋の桝屋清右衛門宅(福山市鞆支所隣に現存)で数日間身を潜めた。
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岡山 倉敷 倉敷物語館

【倉敷美観地区マップ】倉敷川周辺の地域は江戸時代に港町として栄え、物資を運ぶ運河として利用されていた。白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、江戸期の風情と景観がよく保存されている。
【大原美術館】倉敷美観地区の一角にある私立美術館。エル・グレコやルノワール、セザンヌ、ゴーギャン、モネなどの作品を所蔵する。詳細はこちら
【有隣荘】茶色の塀は大原家別邸の有隣荘。緑色の瓦屋根が目立つことで緑御殿とも呼ばれている。
【美観地区街並み】江戸期の風情を残す商家や蔵が立ち並び、白壁と掘割り、柳の並木が美しい。
【倉敷物語館】平成21年4月に開館した無料の観光文化施設。美観地区の玄関口に位置し、南側の長屋門や塀、西側の路地がひときわ美しい。
【案内図】館内には展示室やカフェ、和室、多目的ホール、会議室があり、貸館もを行っている。市民の色々なイベント会場として利用されている。
【土蔵展示室】倉敷の工芸品等の紹介をする土蔵展示室。右隣の情報コーナーでは、美観地区や倉敷各地の観光情報を案内している。
【展示室】古民家を改装した2階建の建物で、1階には展示室と和室、喫茶室があり、2階には会議室、和室がある。
【展示コーナー】倉敷の観光・歴史・文化を、年表や写真パネル、ビデオで紹介している。
【カフェ・多目的ホール】手前がカフェ、最奥が多目的ホール。カフェ前の中庭にはベンチが配置され休憩所として利用できる。
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